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旅する日本語

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全て400文字以内。1〜2分でサクっと読める散文です。
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猫屋敷育ち

猫屋敷育ち

猫屋敷で生まれ育った。

1匹の白い子猫を母が拾ったのが始まりで、
その後も貰ったり、拾ったり、家に住み着いた元野良猫が押し入れで出産したりで、一時期は12匹の猫と共に暮らした。

当時、父は愛人と過ごすための別宅暮らし、妹は住み込みで漫画家の内弟子をしており、3LDKの一戸建てに、人間は母と私の2人きり。
猫は一部屋あたり3匹。
中学の制服もいつも毛だらけ。猫にまみれた日常。

今はさすがに12

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キイ

キイ

奇異な目で見られることを怖がらないで。

いえ、怖がったままで良いから

怖いままで良いから

どうか貴方は貴方のままで。

握りしめた拳を開いて、深呼吸して。

新しい部屋の扉のキイは、既に貴方の手の中。

その扉の向こうでは

貴方は奇異ではなく、奇偉と呼ばれる人となる。

実は飛行機に乗るのは初めてなの、

と少し恥ずかしそうに言った君が

顔を窓に張り付けて、何度も何度も

「あおい!すごい!あおい!」

って繰り返すものだから

僕はすっかり自分が褒められてるような気分になってしまったよ

女みたいで嫌いだった僕の名前

終いにはくるっとこちらに振り向いて

「これがあなたの色ね! 本当にきれい!」

なんて言うもんだから

名前と君をいっぺんに好きになってしま

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昧爽刻

昧爽刻

彼と行く夜のドライブが好きだった。

大概は唐突にメールが来て、私がゴソゴソと仕度をしている間に迎えに来てくれる。
目的地はいつも適当で、首都高をぐるぐる周りながらその場で決めた。

どこからも切り取られたようなあの時間、あの空間。

等間隔に並んだ照明灯もCGみたいな夜景も延々流れるJ-waveも

夜も

終ることが無いように思えた。
始まりすら無い気がした。

私達は、実に心地の良い停滞の中

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幸せの形をしたもの

幸せの形をしたもの

日だまりの太った野良猫は
幸せの形をしている。

勤め先の近所でよく会う黒猫。

この辺りを「営業」して暮らしてるらしく、野良猫だけどものすごく太ってる。
1回抱っこしたけど10㎏近くある予感。
やり手だ。

朝、彼のお腹をモフモフしてから出勤できた時も嬉しいけど、
彼が他の人(特におっさん)にモフモフされてるのを見たときも嬉しい。
その日1日の幸福が、約束された気分になる。

外は危険がいっぱい

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四川憧憬

四川憧憬

家のすぐ近くにある四川料理屋さんが大好きで、夫婦で週に一度は行く。

お店は商店街から1本裏手の静かな通りにあって、構えはごく普通の「町の中華屋さん」。

そこにいるのは最高に美味くて辛くてシビれる料理を出す穏やかなおじさんと
日本語分からないのに一生懸命接客してくれる可愛い奥さん。
それから笑顔の懐っこい、お喋り上手で日中バイリンガルのおかあさん。

飛び交う中国語もまた、心地よく。

手土産に

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春→秋

春→秋

死ぬほど夏が好きだった。

家族と海に行くのも、友達と山へキャンプに行くのも、プールでざぶざぶ泳ぐのも、
手持ち花火できゃあきゃあ騒ぐのも、静かに遠くの花火の音を聞くのも、
これぞ真夏!なド派手なTシャツも、背伸びして着た茄子紺の浴衣も、

全部、私をワクワクさせてくれた。
気温が上がるほどに、テンションも上がった。

夏の盛りに向かっていくあの独特の高揚感。

今思えばあれは、

青春、と呼ばれ

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夏だけ演劇人だった頃

夏だけ演劇人だった頃

社会人からになってからの夏は、
海でもなく山でもなく、芝居の稽古にばかり行っていた。

アマチュアの演劇祭に出るために、毎年6~9月まで週末は稽古でびっしり。
茹だるような暑さの中、駅から徒歩12分の区民館へ赴いて、女ばかりで芝居三昧。
公演は毎年9月の連休に一度きり。
その一度の為に毎週末声を張り、舞台を走り、踊り、衣装や小道具を揃え。
稽古後はファミレスで打ち合わせと言う名の単なるお喋りに興じ

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夏とピアスと15歳

夏とピアスと15歳

夏休み。

よく日に焼けた一つ年上の従姉の耳朶には、沖縄の何とかという島で買ったというガラスのピアスがぶら下がっていた。

去年会った時には生白いくらいだったのに。

ピアスホールだって、無かったのに。

それに、なんか…

なんかなんか!

綺麗に、なった。

笑顔の明るさは去年と変わらぬ彼女の耳元を風がすり抜け、ピアスと後れ毛を揺らす。

それはいかにも眼に涼しくて、軽やかで。
遠い南の島の香

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