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私小説 [朝寝とんかつ]

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自分が書いた私小説まとめです。
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#2歳

二人の催眠術師[私小説/ショートショート]

二人の催眠術師[私小説/ショートショート]

 催眠――眠気を催させること。催眠術――相手を半ば眠らせ、暗示を受けやすい状態にさせること。催眠術師――催眠術を行う者のこと。

 時は令和。あるところに、二人の催眠術師がいた。一人は姉よ二歳女児、もう一人は弟の○歳男児。二人の姉弟は、生まれた時から催眠術師の素質を持っていた。まだ幼い姉弟には暗示を行うことは難しいが、眠気を催させることには長けていた。
 姉弟は大人たちをいとも容易く眠りへ誘う。そ

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左手サンドイッチ[私小説/ショートショート]

左手サンドイッチ[私小説/ショートショート]

 娘がカーペットに仰向けに寝そべっている。すると、おもむろに左手を天井へと伸ばし、手のひらを顔の方に向けて、それをじっと見つめ始めた。と思えば、まるで数字を数えるように、左手の指を一本一本、右手の人差し指でさしていく。小指から順に指さし。これを何度も繰り返している。
「…………」
小声で何かを言っている。が、今の距離では聞こえない。気にはなるが、私は昼食作りを続けよう。息子の離乳食は先に作って冷ま

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一日に三回は訪れるダイナソーとの死闘[私小説/短編]

一日に三回は訪れるダイナソーとの死闘[私小説/短編]

 百獣の王である獅子でさえ、雄大に歩みを進める象には道を開ける。弱肉強食の生物界において、強大なる体躯というものは、最もわかりやすく最も優れた武器と言える。
 その恐竜もまた強大な存在である。しかし、その体長を測ることは叶わない。その恐竜が実体を持たないからだ。その名はダイナソー。ダイナソーが強大であり恐るべき存在であることは、実に明白である。それは、ダイナソーと対峙した者がこう口にしたからだ。「

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保育園行かない[私小説/ショートショート]

保育園行かない[私小説/ショートショート]

 「保育園行かない!」
 その朝、娘は拒否を貫いた。
 新型ウイルス流行に伴い、育休中で自宅保育が可能であったことから、娘は保育園への登園を自粛していた。
「娘ちゃん、行かないもーん」
感染を防ぐため外出もろくにできず、家の中でママとべったり過ごすこと、かれこれ三ヶ月以上。
「ママとお家にいるもーん」
世間はすっかり自粛緩和ムードとなり、娘の保育園も外部講師を招いたレッスンの時間だけは、登園しても

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私のママ[私小説/ショートショート]

私のママ[私小説/ショートショート]

 「メル、あしゃよー」
 ママが朝を告げてくれる。おはよう、ママ。
「メル、起きてー」
もう起きてるわ、ママ。だから早く抱き上げて。
「メル、どこー?」
昨日ママが寝かせてくれたところにいるの。
「メルー?」
ここよ、布団と布団の隙間よ。
「もうっ、いなくなっちゃうんだからっ」
ママ、怒って行っちゃった。私、何も悪いことしてないのに……。ふと見ると、女の人がママに何かを伝えている。女の人の指差す方

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おしゃべり散歩道―復路/後編[私小説/短編]

おしゃべり散歩道―復路/後編[私小説/短編]

◀︎◀︎ 前編■■■

 昼前十一時。陽が高く昇り始める。春にして、朝から初夏のようだった陽気は、一層夏へと近づいた。砂場の端にはスコップやバケツなどが砂まみれのまま置かれている。子供の笑い声を少しばかり遠くから聞くそれらは、どことなく切ない空気を纏っていた。
「そろそろ帰ろうかぁ」
私はそんなスコップたちを手に取りながら、娘に向かって声をかける。
「やーだぁ」
カバの遊具の背中から顔を出している

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おしゃべり散歩道―往路/前編[私小説/短編]

おしゃべり散歩道―往路/前編[私小説/短編]

 「お花しゃん、赤ちゃんでしゅか?」
 娘が住宅街の家の花壇に咲く花に話しかけている。
「お花しゃん、お花しゃん、赤ちゃんでしゅか?」
返事が欲しいようだ。
「おーい、お花しゃーん」
何度も話しかけている。仕方ないので私が声をかける。
「お花さん、喋れないのかな?」
花に声帯はないものなぁ。
「お花しゃーん、喋れないんでしゅかー?」
キリがない。
「お花しゃーん、お返事してくだしゃーい」
終わらな

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バナナの魔法[私小説/ショートショート]

バナナの魔法[私小説/ショートショート]

 「デザートくだしゃーい」
 昼食時、娘が言った。娘の食器はどれも、綺麗さっぱり空っぽになっていた。
「バナナくだしゃーい」
我が家にはデザートシステムがある。満腹中枢があるのか疑わしいほどの食欲を持つ娘に、食事の終わりのサインとして与えていた。今の主なデザートは、子供にも食べやすいように工夫されているこんにゃくゼリーだが、たまの楽しみに果物を買うこともあった。この日の数日前も、たしかにバナナを買

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二歳児ガンマン[私小説/ショートショート]

二歳児ガンマン[私小説/ショートショート]

 見渡せど心の荒ぶ、荒野のごとき現代社会。彼女は人生の開拓時代を迎えていた。

 「許さないじょ!」
 一丁の銃を構えて叫んだ。その場に緊張の糸が張り詰める。彼女は辺りを睨みつけながら見回している。
「出てこい!悪い人!」
悪を打ち滅ぼさんとしている。
「痛い痛いにしてやる!」
冷酷無比に痛めつけようとしている。
「悪い人はどこだ!」
抑えきれない敵意を込めてそう言った。彼女はそんじょそこらのガン

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眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

眠るな乳児、眠れよ幼児―精密聴力検査の受難―[私小説/短編]

 乳児は眠る。日に何度も眠る。眠ることが彼らの成長の一助となるのだ。ここにもまた、強い睡魔に襲われし男児がいた。そしてその子を寝かせるまいと必死に挑み続ける母親の目は、既に死んだ魚のそれのように暗く澱んでいた――。

 時は令和、新時代の幕が開けた頃。季節は梅雨、その晴れ間。一人の男児が元気な産声を上げた。髪は少なく、顔はマイルドなゴリラのような顔をしていた新生児であった。私の息子である。生まれた

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深夜のオムツ事情[私小説/ショートショート]

深夜のオムツ事情[私小説/ショートショート]

 近々三歳になる娘が、二十三時頃に呻き声をあげ始めた。
「お布団……お布団……」
はいでしまったらしい掛け布団をかけてやる。その数分後、
「お布団……お布団……」
仕方ないのでまだ途中だった皿洗いは放っておき、娘の隣で寝ることにした。すると数分後、娘は足をバタバタと動かし、掛け布団をはいだ。
「お布団……お布団……」
掛け布団をかけてやる。が、また数分後に足をばたつかせる。
「お布団……お布団……

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二歳児警察官[私小説/ショートショート]

二歳児警察官[私小説/ショートショート]

 「あ!犯人が逃げたじょ!」
 事件は唐突に始まった。犯人からすれば、それは周到に用意した予定通りの犯行かもしれない。だがそれ以外の人々にとっては、それは常に突然の出来事なのである。

 「犯人逃げちゃったの?どうしよう……」
 困り果てた女性に、女児が声をかける。
「警察を呼ぶんじょ!」
言われるがまま、女性は警察を呼んだ。
「助けてー!娘ちゃん警察ー!」
女児はその言葉に呼応するように、その場

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