初めて泣いた日( 前編 )
看護師をしていると人が亡くなるのは日常茶飯事で慣れっこになってしまう。
まぁ、働く科や場所にもよるが、高齢者施設でも年に何回か経験することがある。
朝方・昼間・夜間といつ起こるかは予測できず、夜勤帯や土日だと職員数が少ないので発見が遅れたり、適切な対応が難しくなる。
今までも何度か救命処置を施したが残念な結果になってしまったことは経験していた。
あれはいつだったか
冬だったのか夏だったのか、春だったのか秋だったかも思い出せないが、日勤で朝の検温をしていた時のことである。
ホールで利用者さん達の体温や脈拍などを測定し、夜は眠れたかなど調子を伺っていた。
1フロアに50人の利用者さん。
全員のバイタルを測定するのは時間がかかるが介護職員がトイレ介助やオムツ交換をしているため、ホールの見守りも兼ねていたのでのんびりと行っていた。
土曜日だったためその時間帯に看護師は私だけで、他の職員は介護士。
10時頃から遅日勤の看護師が来る予定であったがまだその時間にはならない。
「 おはようございます。お熱とか測りますよー 」
トイレ介助が終わってテーブル席にいる利用者さん達1人ずつに挨拶し
「 お!今日は出番なんだね? 」
「 そうなんですよ。眠いのでおとなしくしていて下さいよー 」
「 いつもおとなしいだろ。わはははは 」
冗談を言い、談笑しながらバイタルを測っていると
「 誰か来てー!Yさんがおかしい 」
トイレの方から介護職員が叫んでいる
おかしいとはなんだ?
ホールの見守りも重要だが急変か何かか?
トイレまで急ぐ
車椅子に座りながらうずくまっているYさん
「 トイレが終わったら急に痛いって胸を押さえて・・・ 」
「 Yさん!分かりますか?どうしましたか? 」
「 う、う、う・・・ 」
「 なんだろう。胸を押さえてるね。とりあえずベッドに横にするか 」
Yさんが車椅子から落ちないように押さえながらベッドまで移動。
「 ベッドに移りますよ 」
上半身を起こし、両膝の間に自分の脚を入れて移乗をしようとするが、急にYさんの力が抜けて移乗が出来ない。
「 Yさん!Yさん! 」
やべー。反応がなくなった。
ベッドは無理だ。とりあえず床に横にするしかない
車椅子から床に下ろす。
呼吸はまだあるか・・・
え?胸郭動いてない!!
「 誰か来てー!! 」
心臓マッサージをしながら大声で職員を呼ぶ。
誰か気付いて来てくれ!!
「 おーい!誰かー! 」
ナースコールまで数メートル。
押しに行くことは頭になく、大声で呼び続けながら心臓マッサージをし続ける。
すると、声を聞いたリハビリ職員が部屋に
「 どうしました? 」
「 Yさんが心肺停止状態です。搬送するのでストレッチャーをお願いします 」
ここは病院併設型の老健。
老健から病院まで廊下を伝っていけるため、救急車を呼ばずに救急外来に電話で名前、生年月日、年齢、状態を伝えるだけで対応してもらえる。
リハビリ職員と一緒にストレッチャーに乗せ、ステーションでカルテを用意。
救急外来に連絡して搬送。
救急外来まで数分で到着
Yさんの意識は戻ってない。
外来看護師と共に処置台に移乗させ、心臓マッサージを開始する。
外来看護師はモニターのパッチを貼り付け、点滴をするための針を刺す。
しばらくすると医師が到着。
状態を説明。
念のため家族を呼ぶようにと指示があり電話する。
急変時は昇圧剤や人工呼吸器をつけて延命してほしいと家族の希望が記載してある同意書を見せる。
点滴から昇圧剤を投与。
気管内挿管をするため心臓マッサージを中断。
モニターの心拍はフラットのまま。
それでも諦めないで処置をする。
Yさん戻って来い!
何度も何度も何度も何度も心の中で繰り返す。
電気ショックも行う。
搬送してから30分くらい経ったか
家族が到着し、医師が状況を説明する。
その間もずっと心臓マッサージをし続ける。
腰痛持ちだがそんなことは言ってられない。
戻って来い!戻って来い!
戻って来てくれーーー!!
これ以上続けても息を吹き返す可能性は限りなく低いと考えますが、どうしますか?
不意に医師が家族へ問う
娘さんが涙を浮かべながら「 ありがとうございました。これ以上はもう大丈夫です 」
あぁ・・・
戻って来てくれなかった・・・
心臓マッサージを止める
医師はモニターの心電図がフラットであるが脈を触診し、胸部の聴診をする。また、瞳孔が開いていることを確認し、時間を告げて死亡確認を終わりにした。
モニターなどを外し、衣類を整える。
家族は動かないYさんの手を取り
「 頑張ったね。おばあちゃん 」
医療従事者には辛い時間ではあるが、利用者さんと家族が一緒にいられる最後の時間をうつむきながら見守る。
しばらくするとお迎えの車( 霊柩車 )が到着。
棺を乗せたストレッチャーを押して葬儀屋が入って来た。
救急外来の看護師が手配したようだ。
葬儀屋は慣れた手付きでYさんをシーツのような布で包み、棺に入れて外の車に移動する。
我々も車まで移動し、Yさんやご家族が出発するのを頭を下げて見守る。
あぁ、俺も帰りたい・・・
後編へ続く
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