マガジンのカバー画像

吉田戦車『伝染るんです。』に触発された400文字

20
吉田戦車『伝染るんです。』(文庫版)に触発された文章を掲載していきます。二次創作的なノリで、1つの四コマ漫画につき400文字、思いついたことを書いています。400文字は作品と関係…
運営しているクリエイター

#400文字

『伝染るんです。①』P14左〜親しさと礼儀〜

『伝染るんです。①』P14左〜親しさと礼儀〜

 まあ、まあまあ。触れ合う肩、汚げな笑み、まあ、まあまあ、お互い人間じゃないですか、そこは、お堅いこと言わずに、まあ、エロいことしようってんじゃないんですから、まあまあ、濁される言葉、暗示的に歪む唇、まあ、まあまあ、パーソナルスペースを押し破る下心、偽りの親愛、まあ、まあまあ、ここで出会ったのも何かの縁、あなたとわたしの仲じゃないですか、まあ、まあまあ。

 親しみに寄せて相手の懐を探りまた侵入す

もっとみる
『伝染るんです。①』P14右〜個性臭さ〜

『伝染るんです。①』P14右〜個性臭さ〜

 人間の個性は計り知れず、何気ない行為のアレこれに個性臭さがまとわりつくものだが、それに対して個性臭い視点というものもあり、個と個の対面においては互いが互いを個性臭い視点で「個性臭いな」と感じ合うことで、自他の間には不可思議な臭気が織りなされるものだ。
 みかんの白い皮をむく奴には大きな仕事を任せられない、ということも自他の臭気の相交わるところで発掘された論点であり、その論点を汗水垂らして主張する

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版)P13〜存在というメルヘン〜

『伝染るんです。①』(文庫版)P13〜存在というメルヘン〜

 公平不公平もまた、個人個人思うところが違う。井の中の蛙的精神は誠に心が広く、遠大なメルヘンを井の外に繰り広げる。それはアホと呼ばれ、傲慢と呼ばれ、自愛と呼ばれるところの孤独な魂の安全地帯である。理性と感性の肩コリは「私」という存在の重みを増していく。なんてこった。
 肩コリ患者たちは世に満遍なく氾濫し、時代のスタンダードを築く。虚構の建築。「私」という存在のメルヘン。アレはあかん、コレはあかんと

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P12〜言葉に実感がない〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P12〜言葉に実感がない〜

 表面ばっかし石膏で塗り固めた心は、その防御力に反して脆い。寒々しくて信用ならんし。心は現実の実感によって強度が保証されるもんやと思う。いかんせん実感のない言葉はおもんない。不快やったら不快やと言う。違う感じを違うと言う。その場で言わんでもその実感を握り締める。私は、という本音を。心のざわめきを封じ込め、忘却し、その空席を他人仕様の言葉で埋めれば、虚ろ。これがしょうむない人間ができるカラクリや思う

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P10左〜脳に「社会」が住み着いた〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P10左〜脳に「社会」が住み着いた〜

 「お前は一体、何のためにそんなことをしているんだ。」こんな声が私の脳に響くことがある。私は脳みその戸締りはちゃんとしてる方だが、実利の伴わないことばかりしてると、私の脳みその小窓から侵入した、「社会」とか「時代」とか自称する宿無しが住み着いてそんなことを言う。脳の一室で遊んでいると、宿無しの定住に気付かない。定住に慣れた宿無しは私の脳内インフラを無断で使い、余り物で焼き飯など作ったりする。他人の

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P10右〜今のレベルを満喫する〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P10右〜今のレベルを満喫する〜

 詳しく知らなくってもいい。技術が未熟でもいい。思い付いたところからでいい。一つ一つ、地道にやればいい。無限の肉体を持たない人間の体では、地道というのが理に適う。高度な専門性と緻密な分業の網の中で我々は窒息しているのだから。
 好きなものを好きだと言えば、好きの程度が問いただされ、何かを始めれば技術の程度が試される。好きで好きで仕方がないという、「好き」の最上級しか認められないなら、我々は何物にも

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P9〜身体的特徴に触れること〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P9〜身体的特徴に触れること〜

 愛は情熱。告白は気合い。気合い昂る夜深し。筋骨隆々、武闘派風の女子高生が顔面をぶつけて作るチョコレート。山本先輩のためなら。犬山たみ、18歳。届かぬ想い。焦がれる心。しかし、彼女の告白は限度を絶している。18歳の女体としても法外だ。
 法外な肉体は法外な精神の土壌となって、法外なりの思想を、自分や他人の心に育む。法外というと言葉は過大だが、身体的特徴が自他の行動を左右するということはある。小学生

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P8左〜出自は分からない〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P8左〜出自は分からない〜

 出自にはさまざまな秘密が隠される。桃から生まれた桃太郎、竹から生まれた輝く娘、近所の川から拾われた現代人。物心のつく頃合いまでは全く記憶のないのが普通で、どれほど泣いたり笑ったりしても記憶がないから、確信を持ってその時期の自分の存在は証明できない。人伝てに聞くばかり。かの時期の「私」は、私の時間には存在しない。
 言葉以前、ただただ感覚の世界ばかりがキラキラとして懐かしく、過去や未来は意識に構造

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P8右〜十代、愛の食欲〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P8右〜十代、愛の食欲〜

 愛しているから。愛しているから、十代だから、無尽蔵に唾液が出せる。あなたが欲しいわけじゃない。私はあなたの体の中に留まっていたい。食欲。排泄物として世に送り出されるとしても。一時的にあなたの体の一部になれるのなら。気持ちいい。だって十代だから。十代の私の体の一部が、あなたの十代の体の一時期を駆け巡って、あなたの骨となり、肉となり、心の弾みとなって、瑞々しい女体が放つ感化の光に磨きを掛けて、男たち

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P7左〜物には限度がある〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P7左〜物には限度がある〜

 好きな物を食べたり飲んだりは楽しい。弁当の端や小皿に収まったひじきの煮物は美味い。しかし、磔のイエス・キリストも一物だけは隠しているように、物という物には限度がある。山盛りのひじきを前にすると、あまり食欲が湧かない。慎み深い大人たちはひじきの限界を知っている。子供たちの人気にヘンな気を起こし、大皿に盛られよう、メインを張ろうなんてのはひじきの高望みだ。ふてえ野郎だ。駄菓子屋のおばはんがイオングル

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P7右〜不穏な人間関係〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P7右〜不穏な人間関係〜

 人間、平穏に過ごすのが一番でやんす。平穏あっての笑顔でありゃあす。
 まあしかし、人と人との繋がりなんてのは怪しいもんで、平穏なうちが花と申しゃあすか、平穏なんてのは張子の虎で、見た目と中身はぴたりと合うようにはできてやしやせん。ぴたりと合うには、それ相応の時間を要するもんでありゃあすが、時間を経たとて、ぴたりとはなりやせん。
 なんでも人が人を見る目には各々勝手の了見ちゅうもんが入りやすんで、

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P6〜怒りの満員電車〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P6〜怒りの満員電車〜

 電車は万人が利用するがゆえに公共。公共は万人即ち雑多なバリエーションの思い思いを受け付ける。ゆえ、まことに公共はふところが深い。したがって、電車は有形無形、有象無象の諸人こぞりて、身の用心。各々心に棍棒を構える。

 ぼく自身も満員電車に乗ると、ひどく倫理的になる。つまり、心に棍棒を構え、不快な魑魅魍魎に用心する。公共機関の宿命だ。満員電車では、立ち又揺れる諸人が押しつ押されつ怒気を伝播していく

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P5左〜ネーミングの秘訣〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P5左〜ネーミングの秘訣〜

 豆腐破壊魔だ!豆腐破壊魔が出た!!
 落語には「豆腐の角に頭ぶつけて死ね」というギャグがあるが、「豆腐破壊魔」という言葉にもこのギャグと同じ洞察が含まれている。「豆腐」という食卓のやさしい固体に対し、「破壊魔」はバールでウインドウを破砕していくような暴力を思わせる。「豆腐破壊魔」と言葉を並べると、柔らかい豆腐に常習的な暴力が加わる実感がある。ここには、「破壊魔」が「豆腐」を修飾するように働き、そ

もっとみる
『伝染るんです。①』(文庫版) P5右〜「知らない」の凄さ〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P5右〜「知らない」の凄さ〜

 風習を知らない、慣習を知らない、常識を知らない。ゆえに、限界を知らない。
 人は年月を重ねるとともに世間に擦れ、普通的な振る舞いが何たるかを知る。しかし、普通だと評される人物でも、へんな考え・習慣の一つや二つは身に付けているものだ。当人は自身のへんな所に気付かない。それゆえ「あれはこういうものだ」と自前に発明する。
 俳人小林一茶は五十過ぎまで童貞で、結婚を機にセックスを覚えたという。俳人は女体

もっとみる