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『伝染るんです。①』(文庫版) P6〜怒りの満員電車〜

 電車は万人が利用するがゆえに公共。公共は万人即ち雑多なバリエーションの思い思いを受け付ける。ゆえ、まことに公共はふところが深い。したがって、電車は有形無形、有象無象の諸人こぞりて、身の用心。各々心に棍棒を構える。

 ぼく自身も満員電車に乗ると、ひどく倫理的になる。つまり、心に棍棒を構え、不快な魑魅魍魎に用心する。公共機関の宿命だ。満員電車では、立ち又揺れる諸人が押しつ押されつ怒気を伝播していく。背リュックで押して乗り込んでくる痴れ者。他人の背でスマホや本を支える礼儀知らず。壊れた蓄音機となった人間。過剰に身を避ける潔癖な観念論者。アニメ『範馬刃牙』を片手にドア際で岩となった中堅サラリーマン。諸人は隙間のない満員電車では詮方なく、心の棍棒を振るう。

 不快の粒子が諸人を包む。現実と並走する想像上の電車内はたった三駅もあれば血の海となる。諸人同士が心の棍棒を振るう、公共はいつも血まみれの現場だ。

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