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吉田戦車『伝染るんです。』に触発された400文字

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吉田戦車『伝染るんです。』(文庫版)に触発された文章を掲載していきます。二次創作的なノリで、1つの四コマ漫画につき400文字、思いついたことを書いています。400文字は作品と関係…
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『伝染るんです。①』P15〜笑いとポリシーは相性がいい〜

『伝染るんです。①』P15〜笑いとポリシーは相性がいい〜

 世の中にはポリシーというものが存在する。すぎむらしんいちの漫画『HOTEL CALFORINIA』には「おれのポリシーのために死んでくれー!」という名言もある。一個人のポリシーが他人の死に勝る、異常で華やかなシーンだ。吉田戦車においても、ポリシーを捻じ曲げさせるという、精神的な指詰めが肉体的な指詰めに勝るものとして描かれ、ポリシーをイジることが笑いになっている。笑いとポリシーは、相性がいい。
 

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『伝染るんです。①』P14左〜親しさと礼儀〜

『伝染るんです。①』P14左〜親しさと礼儀〜

 まあ、まあまあ。触れ合う肩、汚げな笑み、まあ、まあまあ、お互い人間じゃないですか、そこは、お堅いこと言わずに、まあ、エロいことしようってんじゃないんですから、まあまあ、濁される言葉、暗示的に歪む唇、まあ、まあまあ、パーソナルスペースを押し破る下心、偽りの親愛、まあ、まあまあ、ここで出会ったのも何かの縁、あなたとわたしの仲じゃないですか、まあ、まあまあ。

 親しみに寄せて相手の懐を探りまた侵入す

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『伝染るんです。①』P14右〜個性臭さ〜

『伝染るんです。①』P14右〜個性臭さ〜

 人間の個性は計り知れず、何気ない行為のアレこれに個性臭さがまとわりつくものだが、それに対して個性臭い視点というものもあり、個と個の対面においては互いが互いを個性臭い視点で「個性臭いな」と感じ合うことで、自他の間には不可思議な臭気が織りなされるものだ。
 みかんの白い皮をむく奴には大きな仕事を任せられない、ということも自他の臭気の相交わるところで発掘された論点であり、その論点を汗水垂らして主張する

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『伝染るんです。①』(文庫版)P13〜存在というメルヘン〜

『伝染るんです。①』(文庫版)P13〜存在というメルヘン〜

 公平不公平もまた、個人個人思うところが違う。井の中の蛙的精神は誠に心が広く、遠大なメルヘンを井の外に繰り広げる。それはアホと呼ばれ、傲慢と呼ばれ、自愛と呼ばれるところの孤独な魂の安全地帯である。理性と感性の肩コリは「私」という存在の重みを増していく。なんてこった。
 肩コリ患者たちは世に満遍なく氾濫し、時代のスタンダードを築く。虚構の建築。「私」という存在のメルヘン。アレはあかん、コレはあかんと

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『伝染るんです。①』(文庫版) P12〜言葉に実感がない〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P12〜言葉に実感がない〜

 表面ばっかし石膏で塗り固めた心は、その防御力に反して脆い。寒々しくて信用ならんし。心は現実の実感によって強度が保証されるもんやと思う。いかんせん実感のない言葉はおもんない。不快やったら不快やと言う。違う感じを違うと言う。その場で言わんでもその実感を握り締める。私は、という本音を。心のざわめきを封じ込め、忘却し、その空席を他人仕様の言葉で埋めれば、虚ろ。これがしょうむない人間ができるカラクリや思う

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『伝染るんです。①』(文庫版) P11左〜マーガリン幻想〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P11左〜マーガリン幻想〜

 それはマーガリンを塗っているときだった。フォークでは爪の間にマーガリンが残る。今度からナイフにしよう。だから、それはマーガリンを塗っているときだった。その少女は飽きもせず同じ電車に乗っている。昨日からずっと何遍も。ぼくの頭の中で。その少女と目が合ったとき、ぼくは永遠の風景となって黄昏れ続けた。邂逅。邂逅に次ぐ幻視。少女偶像の再生産。それは、マーガリンを塗っているときだった。ぼくはフォークで少女の

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『伝染るんです。①』(文庫版) P11右〜天使が閃き奇行に走る〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P11右〜天使が閃き奇行に走る〜

 刑事ドラマのワンシーン。撃たれた部下が死の間際、最期の一服を乞う。デカ長は近くの浮浪者にひと吸いさせ、火種と汚臭の付いたタバコを部下に差し出す。奇行。デカ長の奇行に、死に際の部下が泣き付く。

 我々知的生命体は現実の実体を超えて観念と結びつく。選択肢の広がり。行為の遅延。過去を突き放す疾走。

 ひらめく天使。頭の中。死の間際の部下に舞い降りた天使が、「ちょいと間借りするぜ」と傍らのデカ長の頭

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『伝染るんです。①』(文庫版) P10左〜脳に「社会」が住み着いた〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P10左〜脳に「社会」が住み着いた〜

 「お前は一体、何のためにそんなことをしているんだ。」こんな声が私の脳に響くことがある。私は脳みその戸締りはちゃんとしてる方だが、実利の伴わないことばかりしてると、私の脳みその小窓から侵入した、「社会」とか「時代」とか自称する宿無しが住み着いてそんなことを言う。脳の一室で遊んでいると、宿無しの定住に気付かない。定住に慣れた宿無しは私の脳内インフラを無断で使い、余り物で焼き飯など作ったりする。他人の

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『伝染るんです。①』(文庫版) P10右〜今のレベルを満喫する〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P10右〜今のレベルを満喫する〜

 詳しく知らなくってもいい。技術が未熟でもいい。思い付いたところからでいい。一つ一つ、地道にやればいい。無限の肉体を持たない人間の体では、地道というのが理に適う。高度な専門性と緻密な分業の網の中で我々は窒息しているのだから。
 好きなものを好きだと言えば、好きの程度が問いただされ、何かを始めれば技術の程度が試される。好きで好きで仕方がないという、「好き」の最上級しか認められないなら、我々は何物にも

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『伝染るんです。①』(文庫版) P9〜身体的特徴に触れること〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P9〜身体的特徴に触れること〜

 愛は情熱。告白は気合い。気合い昂る夜深し。筋骨隆々、武闘派風の女子高生が顔面をぶつけて作るチョコレート。山本先輩のためなら。犬山たみ、18歳。届かぬ想い。焦がれる心。しかし、彼女の告白は限度を絶している。18歳の女体としても法外だ。
 法外な肉体は法外な精神の土壌となって、法外なりの思想を、自分や他人の心に育む。法外というと言葉は過大だが、身体的特徴が自他の行動を左右するということはある。小学生

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『伝染るんです。①』(文庫版) P8左〜出自は分からない〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P8左〜出自は分からない〜

 出自にはさまざまな秘密が隠される。桃から生まれた桃太郎、竹から生まれた輝く娘、近所の川から拾われた現代人。物心のつく頃合いまでは全く記憶のないのが普通で、どれほど泣いたり笑ったりしても記憶がないから、確信を持ってその時期の自分の存在は証明できない。人伝てに聞くばかり。かの時期の「私」は、私の時間には存在しない。
 言葉以前、ただただ感覚の世界ばかりがキラキラとして懐かしく、過去や未来は意識に構造

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『伝染るんです。①』(文庫版) P8右〜十代、愛の食欲〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P8右〜十代、愛の食欲〜

 愛しているから。愛しているから、十代だから、無尽蔵に唾液が出せる。あなたが欲しいわけじゃない。私はあなたの体の中に留まっていたい。食欲。排泄物として世に送り出されるとしても。一時的にあなたの体の一部になれるのなら。気持ちいい。だって十代だから。十代の私の体の一部が、あなたの十代の体の一時期を駆け巡って、あなたの骨となり、肉となり、心の弾みとなって、瑞々しい女体が放つ感化の光に磨きを掛けて、男たち

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『伝染るんです。①』(文庫版) P7左〜物には限度がある〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P7左〜物には限度がある〜

 好きな物を食べたり飲んだりは楽しい。弁当の端や小皿に収まったひじきの煮物は美味い。しかし、磔のイエス・キリストも一物だけは隠しているように、物という物には限度がある。山盛りのひじきを前にすると、あまり食欲が湧かない。慎み深い大人たちはひじきの限界を知っている。子供たちの人気にヘンな気を起こし、大皿に盛られよう、メインを張ろうなんてのはひじきの高望みだ。ふてえ野郎だ。駄菓子屋のおばはんがイオングル

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『伝染るんです。①』(文庫版) P7右〜不穏な人間関係〜

『伝染るんです。①』(文庫版) P7右〜不穏な人間関係〜

 人間、平穏に過ごすのが一番でやんす。平穏あっての笑顔でありゃあす。
 まあしかし、人と人との繋がりなんてのは怪しいもんで、平穏なうちが花と申しゃあすか、平穏なんてのは張子の虎で、見た目と中身はぴたりと合うようにはできてやしやせん。ぴたりと合うには、それ相応の時間を要するもんでありゃあすが、時間を経たとて、ぴたりとはなりやせん。
 なんでも人が人を見る目には各々勝手の了見ちゅうもんが入りやすんで、

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