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『伝染るんです。①』(文庫版) P11右〜天使が閃き奇行に走る〜

 刑事ドラマのワンシーン。撃たれた部下が死の間際、最期の一服を乞う。デカ長は近くの浮浪者にひと吸いさせ、火種と汚臭の付いたタバコを部下に差し出す。奇行。デカ長の奇行に、死に際の部下が泣き付く。

 我々知的生命体は現実の実体を超えて観念と結びつく。選択肢の広がり。行為の遅延。過去を突き放す疾走。

 ひらめく天使。頭の中。死の間際の部下に舞い降りた天使が、「ちょいと間借りするぜ」と傍らのデカ長の頭の中を貫いた。無邪気なケレン味のない直線。優秀なデカ長は事に当たってあらゆる可能性を想定する。瞬時に。錯落たる可能性のコレクションが散乱し、無限の反射を経て可能性の妥当な階層が秩序を為す。瞬時に。天使の閃きは階層を上から下に貫いて、可能性の秩序を逆さに吊るす。あどけない戯れ。透き通った笑い声。白飛びする風景。デカ長は奇行に走る。

 そこは天国。引力はない。天使の閃きは我々人間を疾走せしむる。訳なく、瞬時に。

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