「主人公が復讐を果たすコメディ」を作る時にはこの仕掛けが使える★|『ああ爆弾』(2)
本記事は、55年前の邦画「ああ爆弾」を徹底分析する特集の……第2回である★
●第2回(本記事):「主人公が復讐を果たすコメディ」を作る時にはこの仕掛けが使える★
第1回からご覧になることをオススメします★
【コメディ要素②】主人公は「自分が酷い目に遭ったこと」になかなか気がつかない
三葉「前回に引き続き、『ああ爆弾』のコメディ要素を分析します」
嘉村「承知しました」
三葉「まず、前回の復習として、本作のストーリーを大雑把に振り返ってみましょう……こちら!」
三葉「……という具合でした」
嘉村「ふむふむ」
三葉「ただね」
嘉村「ええ」
三葉「じつは物語が始まってしばらく、大作は『組が乗っ取られたこと』に気づかないんですよ」
嘉村「ほぉ」
三葉「例えば物語冒頭、大作は、田ノ上と共に刑務所の中にいます」
嘉村「ふむ」
三葉「天涯孤独の田ノ上は、出所してから行く当てがない。大作がヤクザの親分だと知り、ぜひ子分に加えてくれと頼み込む。ところが……大作は頑として首を縦に振りません」
嘉村「一体なぜです?」
三葉「そもそも田ノ上はなぜ刑務所に入ることになったのか?彼の罪は何なのか?じつは……」
三葉「……という次第です」
嘉村「なるほど」
三葉「大作は言う……オレは組のためにたった1人で敵陣に斬り込み、すべての責任を取って刑務所に入った。彼は胸を張って『これが本物のヤクザだとオレは思ってる』」
嘉村「ほぉ」
三葉「それに対してお前ときたら……。大作は続けて曰く、『そんな手慰みで堅気の衆に迷惑かける奴はヤクザの風上にも置けねぇよ』」
嘉村「うーむ……罪は罪。よいも悪いもありませんが……まぁ、大作が子分に加えたがらないのもわかりますねぇ……」
三葉「田ノ上はがっくりと落ち込む。一方の大作は、『出所の日には子分が大勢出迎えてくれるに違いない。花火だって上がるだろうよ』と誇らしげな顔をしている」
嘉村「なるほど」
三葉「そして出所の日……」
嘉村「アレですよね!……刑務所の前には子分がずらっと並んでいる。やがて親分が門から出てくる。若頭がズイッと前に出て、『親分、お勤めご苦労様でした』。そしてたばこの火をつけてやる。親分はスッと目を細め、『娑婆の空気は久々だ』……なんて」
三葉「……と思うじゃないですか!」
嘉村「……」
三葉「ところが、大作を出迎えたのは息子の健作だけ……」
嘉村「……ふーむ」
三葉「大作は首をかしげて息子に訊く。『みんなは?』」
嘉村「ふむ」
三葉「息子曰く、『みんな選挙で忙しいらしいよ』。大作は頷く。『仕方がない。国民の義務だ』」
嘉村「ははぁ……」
三葉「ここでネタばらしをしてしまうと……じつは組を乗っ取った矢東は市議会議員選挙に立候補しているんですよ」
嘉村「へぇ」
三葉「昔気質のヤクザ・大作とは違って、矢東は新興ヤクザです。実際は暴力団ながら、表面的には会社の経営者を装い、さらに政界にも進出しようとしているわけですね」
嘉村「あー、なるほど」
三葉「ところが、大作はそんな事情を知らない。『投票は国民の義務だ。出迎えに来ないのも仕方がない』と納得する。……視聴者はここで『ん?』と感じるわけですね。何かがおかしい……」
嘉村「まぁ、そうですよね。いくらなんでも、親分の出迎えよりも投票を優先するヤクザはいませんよね」
三葉「視聴者は訝しむ……田ノ上には偉そうに演説していたが……もしかして……大作は裏切られているのではないか?」
嘉村「ふむ」
三葉「ところが大作は気づかない。彼はあくまでも自信を持っている」
嘉村「なるほど」
三葉「その後、大作らは大名組の事務所に向かう」
嘉村「ほぉ」
三葉「見ると……事務所には『株式会社大平和』という看板がかかっている。『大名組』の名は見当たらない。……コレ、先ほどご説明した矢東の会社名です。ここに至って視聴者は確信する。こりゃ乗っ取られてるわ……」
嘉村「ふむふむ」
三葉「しかし……大作は満足げな表情を浮かべる。『よくオレの留守を守ってくれた。株式会社にしたところなんて見事なもんだ』……警察からの摘発を避けるために、子分たちが機転を利かせ、株式会社に偽装したと勘違いしているわけですね」
嘉村「なるほど」
三葉「大作が事務所に入る。子分たちは驚き、すぐに気まずそうに視線を落とす。一方の大作は……子分たちが感極まって涙をこらえているのだろうと勘違いし、『苦労をかけたな。すまなかった』と感激する」
嘉村「ふーむ……」
三葉「とまぁ、こんなやりとりがしばらく続いてから……ようやく大作は気づくわけです。自分が裏切られたことに!」
嘉村「なるほど」
三葉「でね」
嘉村「ええ」
三葉「ここが重要なのですが」
嘉村「ふむ」
三葉「いまご説明したこのシークエンスは……視聴者からすれば、大作が裏切られていることは一目瞭然。しかし、大作は気づかない!アレもコレも好意的に解釈していく。……というわけで、一見するとただのギャグに見えるんですよ」
嘉村「ふむ」
三葉「確かにギャグとしても面白いのですが……それだけではない。もっと重要な役割を果たしていると思うのです!……これが今回のメインテーマです」
嘉村「ほぉ……伺いましょう」
三葉「そもそも、本作は『主人公による復讐をコメディタッチに描いた作品』ですが……これはなかなか難しいジャンルだと思うんですよ」
嘉村「どういうことです?」
三葉「主人公が復讐する以上、そこには何らかの理由・きっかけが必要です」
嘉村「そうですね」
三葉「本作では、『組が乗っ取られた』がこれに該当します」
嘉村「フィクションの世界では、『家族を殺される』、『恋人を奪われる』、『大金を騙し取られる』なんてのをよく見かけますね」
三葉「そうそう!内容はどうあれ、視聴者が『そりゃ復讐するわな!』と納得してくれる程度に酷い目に遭う必要がある」
嘉村「ふむ」
三葉「そうでなければ、寧ろ主人公が加害者のように見えてしまい、視聴者が感情移入・共感・同情できませんからね」
嘉村「確かに」
三葉「……だが!しかし!だからといってシリアスに描きすぎると……それはコメディではない!」
嘉村「あー、なるほど。『恋人が暴行され、散々拷問を受けた上に殺される。主人公はその復讐に乗り出す』なんてストーリーの場合、視聴者が笑うのは難しいでしょうねぇ……」
三葉「そうなんですよ。しかし、だからといってシリアス成分を弱めると……」
嘉村「『主人公が復讐する正当性』が失われてしまう……」
三葉「そうそう!」
嘉村「なるほど」
三葉「これは、一種の矛盾と言ってよいでしょう。この矛盾をいかに乗り越えるか。格好よく言えば、いかに『アウフーベン』するか……ここがクリエイターの腕の見せどころだと思うのです」
嘉村「ふむ」
三葉「さて……それでは本作ではどうなっていたか?」
嘉村「気になりますね」
三葉「ここで……そう!『大作は、自身が酷い目に遭ったことになかなか気づかない』という設定ですよ!」
嘉村「ほぉ」
三葉「考えてみれば……自身は組のために刑務所に入ったのに、その間に組を乗っ取られ、子分たちは新しいボス・矢東に忠誠を誓っている……じつに悲劇的ですよ」
嘉村「ヤクザ映画ではわりとお馴染みの設定ですよね。兄貴分や組のために逮捕される主人公だが……出所すると予想外の展開になっている!視聴者は同情する。かくして復讐が始まる……」
三葉「そうそう!有名なところでは『仁義なき戦い』のシリーズ1作目もそんな感じでしたね」
嘉村「ええ」
三葉「ところが本作の場合、大作は『自身が酷い目に遭ったこと』になかなか気づかない!それどころか、『苦労をかけたな』なんて子分に感謝する始末。……視聴者はそのあまりのニブさに思わず笑ってしまうわけです」
嘉村「なるほど」
三葉「まさに、『<主人公が復讐するのも止むなし>と視聴者が納得するだけの悲劇』をコメディタッチに描くことに成功していると言えるでしょう」
嘉村「確かに……よくできていますね!」
三葉「まったくね!」
作例:入院中に、親友に彼氏を奪われた女子高生の復讐譚
三葉「さて」
嘉村「はい」
三葉「以上ご説明した仕掛けは汎用性が高く、様々な作品に応用できると思うんですよね。で、例えば『学園もの』に適用したらどうなるかなぁと考えてみたんですよ」
嘉村「伺いましょう」
三葉「ずばり……『入院中に、親友に彼氏を奪われた女子高生の復讐譚』!」
嘉村「ほぉ……」
三葉「ある日……いつものように、主人公と親友が道を歩いていると……暴走トラックが突っ込んできた!危ない!主人公が親友を突き飛ばす!そのとっさの行動によって親友はかすり傷だけで済む。しかし主人公は……」
嘉村「……昨今流行りの『異世界転生もの』ですか?」
三葉「いや、死んでませんから」
嘉村「失礼」
三葉「主人公は重傷を負う。骨折だ。意識はあるが、精密検査が必要だし、後遺症も心配だ。3か月ほど入院することになる」
嘉村「なるほど。3か月の入院といえば大変なことですが、命あっての物種。まずはホッとしました」
三葉「親友は大いに感謝する。『もしこの腕の傷が原因で結婚相手が見つからないなんてことになったら……私、責任もって相手を探すからね!』。主人公は笑う。『なぁに言ってんのよ。私にはダーリンがいるっての!相手を探さなきゃいけないのはあんたの方でしょ』、『こりゃ一本取られた!』。2人は笑う」
嘉村「ふーむ……微笑ましい光景ではありますが……」
三葉「入院当初、親友や彼氏が足しげく見舞いにやってくる。主人公は嬉しい反面、自分が彼らの負担になっているのではないかと心配になる。遠回しに、『そんなに見舞いに来ないでいいよ』と伝える」
嘉村「なるほど」
三葉「次第に2人の足が遠のく」
嘉村「……嫌な予感がしてきましたよ」
三葉「たまに来たかと思えば、親友と彼氏は妙に親しくなっている。主人公は、大好きな2人が仲よさそうにしているのを見て喜ぶ」
嘉村「……うーむ」
三葉「やがて退院する。久々に登校すると、クラスメイトが気まずそうに目をそむける。主人公は思う。『そりゃ3か月も休んでた子にどんな風に接したらよいかわからないよね!よーし!私が努めて明るく接しなきゃ!』」
嘉村「あー……」
三葉「クラスメイトの1人が寄って来て、『えっと……私でよければいつでも相談に乗るからね。あの……元気出して……』なんて言う。主人公は感激する。『みんな優しいなぁ。お言葉に甘えて宿題教えてもらおっかなぁ!』」
嘉村「うー……」
三葉「ふと見ると、教室の隅で親友と彼氏がささやき合っている。主人公は考える。『あれはもしかして……退院祝いの相談?そうに違いない!……嬉しい♥2人とも隠し事が下手なんだから♥ここはやっぱり気づかないフリしてあげなきゃね♥』」
嘉村「いやぁー……」
三葉「……とまぁね、この辺りにしておきますが……この後、主人公はようやく親友に彼氏を奪われたことに気づく。かくして復讐の幕が切って落とされるのです!」
嘉村「なるほどね!」
三葉「視聴者は、主人公に感情移入・共感・同情し、『復讐するも止むなし!』と感じるでしょう。と同時に、『彼氏を奪われたことになかなか気づかない主人公』を見て、思わず笑ってしまうことと思います」
嘉村「ふむ。『いやいや、アンタ、どれだけ人がよいんだよ!』って思わずツッコミたくなったりね」
三葉「そうそう!『主人公が酷い目に遭っていることになかなか気づかない』という仕掛けを施したことで、本来なら重苦しくシリアスになりそうなところ……」
嘉村「ええ、コメディタッチになりましたね」
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(担当:三葉)
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