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日本アニメ史上最悪の問題作「バビロン」を考察する

今回は、アニメ「バビロン」について書いてみたいと思う。
これ、いわゆる「鬱アニメ」として超有名なやつである。
特に、伝説の第7話
この回の後、しばらく放送が中断されたと聞く。
このたび問題となった第7話を見直してみたんだが、改めて見ると放送倫理コードに大きく引っかかるほどの映像表現は意外と少ないことに気付いた。
「直接的な映像表現としては」、ね。
ただし、心象としては案の定ダメージが大きく、そう何度も見られるものではない・・。
心のダメージとしては、これと「ベルセルク」の「蝕」回が私の中で不動の歴代ツートップである。

「バビロン」(2019年)

しかしまた、何でこんな悪趣味な作品が作られたんだろうね。
これの原作は、野崎まど先生の小説だという。
野崎先生といえばアニメの脚本家としても知られており、彼が手掛けたものは「正解するカド」「HELLOWORLD」など、SFとしてかなり面白い作品だった。
「正解するカド」と「HELLOWORLD」は、そのどちらも
異世界(?)からの来訪者により、それまでの日常が一変する物語
という構造になっている。
だとすると、「バビロン」もまたそうなんだろう。
この作品のラスボス・曲世愛は、一応日本国籍をもつ人間という設定だが、その出自の本当のところはよく分からない。

いやホント、この曲世愛というキャラ、アニメ史に残る最恐の悪女だよね。
「歴代悪女ランキング」暫定1位といっていい。
その目線、まばたき、口元、喋り方、その全てが恐い。
cvは大ベテラン・ゆきのさつきさんなんだが、彼女は
・「犬夜叉」の日暮かごめ
・「フルメタルパニック」の千鳥かなめ
・「銀魂」の志村妙
・「ひぐらしのなく頃に」の園崎魅音・詩音
などなど、「気が強いヒロイン」キャラで一時代を築いた人である。
あまり悪役をやるイメージの人ではない。
だけど、ホントはめっちゃ悪役うまい人だったのね・・。

この作品タイトル「バビロン」は、新約聖書「黙示録」に出てくる「大淫婦バビロン」からきてるらしい。
そもそも新約聖書なんてちゃんと読んでないから詳しいことは分からんが、この大淫婦バビロンというのは聖書に

・悪魔の住むところ
・汚れた霊の巣窟
・七つの頭と十本の角を持つ緋色の獣に騎乗した女


と表現されており、その意味するところは、今なお明確には分からないものらしい。

大淫婦バビロン

おそらく「七つの頭の獣に騎乗」というのは、この作品のクライマックス「G7」サミットと繋がってるんだろう。
バビロンとは、一説にはエデンの園でアダム&イブをそそのかし、知恵の実を食べるように誘導した「蛇」がその正体だ、という話もあるらしい。
なるほど。
私は昔から不思議なんだが、何で蛇はアダム&イブに知恵の実を食べさせたんだろうね?
神は、それを禁じていた。
つまり神は、人間には無知のままでいさせようとしていた。
「知恵」は害悪だ、と。
しかしアダム&イブは知恵の実を食べてしまい、「自我」を得た。
それによりエデンの園を追放されてしまうわけだが、ここでいうエデンとはおそらく「生態系」のことを指してるんだと思う。
あらゆる生物の中で人間だけが「自我」を獲得し、知能を得たことで既存の生態系からは外れてしまったわけね。
これは、「悪いこと」なのか?
神の教え的には、もちろん悪いこと、原罪だとされている。

楽園追放

しかし、人間はその後も知恵を伸ばし続け、競争原理、利益を追求していくシステムなどエデンにはなかった原理をどんどん開発し、現在に至る。
もはや「原罪」を意識してる人など皆無だろう。
神の思惑からは逸脱し、蛇(バビロン?)の思惑通りコトは運んだといっていい。
で、問題はそこから先。
いよいよバビロンの計画は第2段階に入って、「2度目の知恵の実」を人類に与えるわけよ。
それが本作のプロットになるわけだが、まず最初は

自殺って、悪いことなの?

高層ビルの屋上から飛び降りる人々

ということが曲世愛から問われる。
洗脳され、嬉々としてビル屋上から落下していく人たち・・。
昔に見た、園子温の映画を思い出してしまった。

その次に、曲世愛は主人公・正崎の部下の瀬黒を拉致し、彼女の四肢を斧で切断する光景を動画中継しながら、正崎にこう語りかける。

私がどうしてこんなことしてるのか、正崎さんには考えてほしいの。           悪には、意味があるわ。
だから今日、考えてみてください。
悪と、生まれて初めて、真剣に向き合ってみてください。

瀬黒の四肢を切断しながら正崎に語りかける曲世愛

常軌を逸した行為だが、彼女の行為の目的はあくまでも「考えさせること」のようだ。
「無知」を是とした、神と対極のスタンス。
バビロンは、「知」のスタンス。
さらに彼女はこう言う。

なぜ人を殺すことは悪いことなのかしら?
なぜ人を生かすことは善いことなのかしら?
それはなぜ?なぜ?
さあ正崎さん、考えて。
悪いって何?
悪って何なのかしら?

大丈夫、きっと分かる。
理解できないなんてことは絶対にありません。
だって私たち、同じ人間なんですもの。


確かに、今の社会は価値観の多様性、およびマイノリティの容認を是としているわけで、ちゃんと「悪」というものを考える必要はある。
曲世愛は、「悪には意味がある」と言っていた。
この言葉が、妙に引っかかる・・。

やがて、この問いかけは「G7」サミットで議論されることになる。
この作中で米国大統領は思考の天才というべき賢人の位置づけで、彼が辿り着いた結論は

・善=続くこと
・悪=終わること


という案外シンプルなものだった。
それに対して曲世愛が「よくできました」とアンサーしてたので、おそらくこれが正解なんだろう。

最後、「悪」の形相になる正崎・・
「正崎さん、悪いんだぁ~」と言って近づく曲世愛

このシーンの後、生き残ったのは正崎でなく曲世愛であることが明かされ、つまり

・続くこと=曲世愛=善
・終わること=正崎=悪


という救いのないパラドックスで締められるんだよね・・。
鬱アニメ、悪趣味アニメに見えて、実はかなりの哲学アニメである。

で、前に「悪には意味がある」と曲世愛が言った意味についてだが、私なりの解釈として、それは

「癌細胞には意味がある」


ということに思えるのよ。
癌細胞というのは体を蝕む悪いものだが、それは悪性ウイルスとは異なり、単にDNAの複製ミスが生じる、バグのようなものである。
そして「進化」もまた、その突然変異は癌細胞と同様、DNAの複製ミスから生じるバグだといっていいだろう。
つまり「進化」と「癌」は同じコインの裏表であり、切っても切り離せない関係性なんだよね。
根っこは同じ。
かたや善、かたや悪なんだけど。
つまり構造上、悪というのは滅ぼせないということ。
いわば「知恵の実」というものは、進化のトリガーであるのと同時に、癌のトリガーだったのかもしれないね。

癌細胞は、放っておけばどんどん増殖していきます・・

さて、この「バビロン」を作ったクリエイターの中で、野崎まどとともに私が注目したいのが企画・プロデューサーの山本幸治さんである。
この人は元フジテレビ社員で、「ノイタミナ」生みの親ともいわれる人なんだ。
今はツインエンジン、スタジオコロリド、ジェノスタジオの代表取締役で、完全にアニメ畑の人になっている。
トレンディドラマ、およびバラエティに強みのあったフジテレビしてみればかなり変わった人だったんだろう。
彼のプロデュース作品はなぜかやたらディストピアものが多く(「PSYCHO-PASS」等)、しかも自殺、洗脳を題材にしたものが多いのよ。

虐殺器官」と「<harmony/>」は、ノイタミナムービーとして山本さんの代表作といっていいだろう。
私として、
・バビロン
・虐殺器官
・<harmony/>

は、3つの話が繋がってるような気がしてならない。

「バビロン」を見て中途半端な終わり方だ・・と思った人は、なかば続編と思って「虐殺器官」「<harmony/>」を見てみるのはどうだろうか?
どれをとってもハッピーエンドではないが、3つをまとめてみると逆に腑に落ちると思うよ。


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