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【毒親】スープの文句が言える距離、の話。

先日、「母に、鍋物の残りのスープが入った鍋を勝手に片付けられてしまった、文句言わなきゃ!」という呟きをした。

私にとってこの「母に日常の些細な文句を付ける」というのは非常に心理的抵抗の高いミッションである。

例えばこれが、「息子が私に文句を言う」なら話はシンプルで、「あー!!ママ捨てちゃったぽよ!?なんで勝手にやるぽよー!!」とその場で叫ぶだけで済む。多分普通の家庭において「母親に文句を言う」はこのレベル感の出来事だろう、とも思う。

だがつい3年ほど前まで、「私が母に文句を言う」という動作には、非常に大きなリスクがあった。
母の機嫌が最高に良ければ主張が通る可能性もある。が、母の機嫌が普通以下ならば、「そんな事が分かるはずがない、そもそも鍋をコンロに置きっぱなしにするな、前から言おうと思っていたが台所の使い方がなっていない」あたりから始まる逆ギレを1時間は聞かされただろうし、運が悪ければこれが2時間コースになった上に、論点が宇宙の果てまでスライドして「私に文句があるならこの家を出ていけ!」まで到達し、皿の1,2枚は割れていた。

ちなみにこれ、誇張でも冗談でもない。
モラハラ被害に遭ったことがある方は「フーン」だろうし、そうでない人には「は???」だろうが、「鍋スープを捨てないで欲しかったと言ったら、家を出ていけと怒鳴られ、皿が叩き割られた」のような現象が普通に起こるのが「毒親モード」の私の母であり、モラハラDVによる支配・被支配の関係である。
なお、子供時代は「上靴がきつくなったと言ったら」とか、「母の愚痴話に飽きて欠伸をかみ殺しているのがバレたら」とかでもこの現象が起こっていたので、大人になってからは「明確に母への改善要求を出した時」に限定された分、かなりマシにはなっていた。あくまでも当社比だが。

で、である。
こういう「スープ捨てないで欲しかったんだけど?」レベルの些細な文句も言えない関係性の相手と一緒に暮らせば、多大なストレスがかかるのは当然だ。というか普通の人は、そういう相手と一緒に暮らそうなどとは、そもそも考えないだろう。
だが、私からすると生まれてこの方「家族とはそういうもの」なので、「だから母とは別に暮らしておくべきだ」という判断が出来ず、約10年前、息子の出産を控えたタイミングでの同居の提案にあっさり同意してしまった。
この辺りが毒親問題の根深い所だと思う。私の産後・育児うつの一番大きな原因は、ホルモンバランス以前の問題として、この母との関係にあっただろう……が、これは一旦置いておく。

とにかくなんやかんやの末に、私は3年ほど前に母に下克上を果たし、自分の地位を母と同等以上に引き上げた。
といっても物理的に何かしたという話ではない。「母に従う必要はない、私の意思と母の意思は等価だ」と自分に言い聞かせると同時に、母に対して「母が怒鳴り散らそうが皿を投げようが、私は気にしないし、主張も曲げない」という態度を表明することにしただけである。

この私の態度の変化は、母にとって非常にショッキングな出来事だったらしい。しばらくの迷走期間を経た後、母は私を「他人」に区分した上で、母と同等以上の人間として扱ってくれるようになった。家族向けの「毒親モード」ではなく、他人向けの「いい人モード」で私に接するようになったのだ。

母の「いい人モード」は一日あたりの活動可能時間が短く、しかもその大半は母のパート勤務で消費される。
恐らくはそのためだろう、母は一日に数分程度しか私の前に姿を見せなくなり、私は精神的にも物理的にも、母からかなり距離を取れるようになった。毒親支配下の「スープの文句を言ったら最後、恐ろしいことが起こるに違いない距離」から、「スープの存在が互いに関係なく、文句が発生し得ない距離」への変更である。

この距離感ならば、私は快適に「母と同居」をしていられる。
だが、いくら家庭内別居状態でも、一つ屋根の下に数年も暮らしていれば多少の日常のすり合わせは必要になるものである。
――というのが今回のスープ事件だ。

この3年の間にこの手の出来事が全くなかったわけではないのだが、私は母に文句を言わず、自助努力で済ませてしまっていた。
例えば今回のスープの話で言うなら、「次は鍋に『スープを捨てないで』と貼り紙をしておく」とか「今度似たような事をする時は、小さい鍋にスープを移し、冷蔵庫にしまっておく」のような運用をすることで、次の被害を未然に防止する措置を取っていたのである。

だが今回、私はあえて母に、直接文句を言ってみることにした。
本来、この程度の文句が言えない相手と同居を継続すべきではない。ならば今後も同居を続けるつもりである以上、この程度の文句は言える状態にしておこう、と考えたのだ。
母が「いい人モード」を維持できるなら私の文句は受け入れられるだろうし、母が「毒親モード」に立ち戻るなら大噴火が起こるだろうが、どうあれ検証する価値はあるし、私の訓練としても有益なはずだ。「スープの文句が言える距離」への挑戦である。
想定できる最大規模の大噴火が起こっても動揺せずに対処できるよう、私は十分なイメトレを重ねた上で今回のミッションに挑んだ。


私「鍋、片付けてくれたんだね」

母「あー、そうそう。残ってたのはお皿に移して冷蔵庫に入れたよ、ほら」

私「ありがとう……なんだけど、ごめん、実はスープを取っておきたかったんだよね」

母「え、そうだったの?あー、それで鍋が置き去りになってたのかぁ。スープ捨てちゃったわ~」

私「うんうん、具がちょっぴりしか残ってなかったし、普通捨てるよね(笑)。で、それは良いんだけど、また今度私が鍋物作った後に、また鍋がほったらかされてたら、スープ使うかもしれないなって覚えておいて欲しいんだ」

母「確かに美味しそうなスープだったわ……分かった、次から気を付ける。捨てちゃってごめんね?」

私「うん、大丈夫だよ(笑)。次からよろしく~」


私の想像できる範囲をはるかに上回って、すんなりいった。
すんなり行き過ぎて、ちょっと、いや物凄く怖い。
見た目が母の人物が、何一つ変わっていない姿と声をしているのに、こういう話が至極真っ当にすんなりいった、という事実がホラー的にめちゃくちゃ怖い!っていうか待ってくれ、誰だこの人!?
私の知る母はこういう優しげな人間ではない!!さてはタヌキか宇宙人か、何らかの未確認生物が母に化けてるな!?そうじゃなきゃ納得がいかない!!

と内心恐慌に陥りつつ、私はにこやかな表情を維持したままで母の前から退散し、自分の砦であるリビングのPC前に戻って煙草を吸い、なんとか気を落ち着けた。

結論。
母のいい人モードは、ホンモノだった。

素直に神妙に私の改善要求を聞き入れ、「捨てちゃってごめんね?」と追い謝罪までした、この母。柔らかい表情といい優しい声といい、60代半ばの女性として見れば可愛らしさまで感じるこの態度。
もう毒親育ちだったなんて私の妄想の産物だったのではないか、こんなに優しげないいお母さんが、つい3年前まで実の娘に平然とあんな暴言を吐き続けていたなんて、何かの間違いなのでは?――と、当の私が自分の記憶を疑ってしまうほどの、「いい人」クオリティの高さである。

私は母の「いい人モード」の真価を初めて知った。ひとたび猫を被る必要性さえ理解すれば、母は私に対しても完璧に猫を被ることが出来るようだ。内心がどのようになっているかは分からないが。

一定時間経過後に母に思い出し怒りが発生する可能性を考慮し、その後も私はしばらく警戒を続けていたが、毒親モードによる再噴火は二日以上経った今も発生していない。
恐らく今回はもう大丈夫だろう。母は昔から怒りっぽい代わりに、怒りを翌日まで引きずることはあまりないので。

いやーーー、怖かった。マジで怖かった。ある意味、怒鳴り散らされた方がマシだったのでは?と思ってしまうほどだった。
だが、私は今回母に対して、「スープの文句を言う」という成功体験を積むことが出来た。快挙である。

そもそも私の「文句」自体が、非常に繊細に気を使った台詞だった自覚はあるが、ここは私の仕様として一旦は割り切っておこうと思う。回数を重ねて成功体験を積み上げる内に、徐々に私の恐怖も薄れ、ぞんざいな言い方が出来るようになるかもしれないし、ならないかもしれないが、そこは大して問題ではないだろう。

ひとまずは、つい3年前までこの世の誰よりも恐ろしかった「母に」、絶対の禁忌だったはずの「文句を言う」という動作を、鍋スープのような些細な事案レベルで実行できたことに、自信を持っていきたい所である。

「実母」との距離としては異常、なのかもしれないが、同居の嫁・姑の関係性と考えれば、この程度で十分だろうし、恐らくこれ以上は望むべくもない。
「スープの文句が言える距離」をしっかりと確立できるよう、今後も気を付けて、必要な時にはまた、母に文句を言うことに挑戦していきたいと思う。

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