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好奇心は人生を狂わせる

現状、とても精神がヤられていて目の前の問題に対処しないといけないのに、
「あの時こうしてれば」「あの時・・・」と昔の言動に後悔してストレス過多になっている。

最近の荒れ模様の記事と、
荒れるキッカケになった記事(シリーズ化していてクソ長い)



10代のとき、なりたかったこと


物心ついた時から絵を描いていた(らしい)
大きくなるうちに漫画を読むようになり、
自分も「漫画家になりたい」と思うようなる。

趣味で漫画を描くもののストーリーのセンスがなかった。
キャラクターを動かすセンスも無かった。
漫画家になる夢は2〜3年で終わった。

流れ的に「イラストレーター」
イラストというか1枚絵のアイデアは浮かぶが元友人にパクられ続け元友人の方が賞賛されスランプになりそのまま絵の道を諦めた。

「パクられてる?」から「盗んでるコイツ」に確信するまで10年掛かった。
もっと早く気づいて縁切ってれば絵の道行ってたかもなーと思ってる。
趣味も趣向も全然違うのに「絵を描く」てだけで繋がってたとかマジで草〜

パクリ疑惑から元友人の前で絵描かなくなったり見せなくなったら元友人の絵の上達が止まって草生えた。上達止まってから今も全然変わらなくて草すぎる。
自分はお前のゴーストライターじゃないんだよ^^盗るならカネよこせ

・・・・・
昔話がでてきたけど漫画家も諦めイラストレーターも諦めた10代と20代前半。
そこそこ名前(作品)が売れないと生活していけないと諦めた理由もある。

不本意で絵の道から離れてしまったから後悔が今も残っている。
たまに絵描きたいと思うけど描こうとすると手が震える。重症です。


10代のとき、なりたかったこと②


スランプだけど絵の道が諦められなかった時期、
天秤にかけるようにもう1つなってみたいことがあった。

それは「ミュージシャン」だった。
音痴で音感もなく音符も読めないくせに何でなろうと思ったのか。
当時は頭がオカしかった、そういうことにしよう。

最初はギターを触るが出来ないコードがあり断念。
次にベースを触った。あ、いけるかもと2〜3年続いた。
とあるキッカケで辞めることになった。
キッカケの前から全然上達しなくてモヤモヤしてたけどキッカケのお陰で吹っ切れた。

何をしても不器用で独学では無理なタイプの人間で、
1年くらい音楽教室のベース科に通ってた。
弾き方や音符の読み方から1からゆっくり半年かけて(遅すぎ老人)、
曲まで弾けるように教えてくれてた現役プロの神講師に教わっていた。
曲といってもかなりの初級。

1年すぎた辺りで神講師が本業に専念することになった。
神講師に教わっていた生徒は他にも多数いて皆んな残念そうにしていた。
神講師の後輩にらしい人が講師に代わった。
神講師が神だった反面、後輩は死神だった。
「先輩に教わってる生徒だからさぞ上手いんだろうな」と顔に書いてた。
ある程度弾ける前提だと期待してたんだろうな。
初対面から神講師と違った雰囲気のチャラチャラした見た目で受けつけない。

残念ながら1年かけてやっと初級の1曲弾けるようなった10代老人(当時)

後輩講師が早速「1曲弾いて」と言ってきたから、
やっとの思いで弾けるようになった初級の曲を弾いていたとき、
期待されてる圧に耐えられなかった自分はコードをミスした。
その瞬間「チッ」と聞こえた。
舌打ちされたことを認識するのに100時間掛かった。
神講師は1度もしてこなかったのに。
舌打ちされたと気づいて頭は真っ白になり弾けなくなってた。

後輩の顔を恐る恐る見ると、眉間にシワよせて一言。
「まじかよ(へたすぎて)」そして頭を掻きながら「どうしよ」と。
目が合うと気まずそうに「続きから弾いて」と言ってきた。

舌打ちされてから自分の中で何かが壊れて続きを弾くことができなくなった。
「(早くここから立ち去りたい)」
「(こんなやつに月謝払ってまで教わりたくない、教わることはない)」
と拒絶反応が起こった。当時、半泣きのキレ気味で「もう先生とはやりたくないので帰ります」と出て行った記憶が薄っすらある。こう言ったあと、講師は「え?・・・(固まる)」となってた。次の週は体調が悪いと言って休み、後輩講師と鉢合わせないように違う日に退会手続きして去った。
講師が代わりモチベが無くなったことがキッカケでベースは引退。
こうしてミュージシャンの道は断たれた。


もっと進路のこと考えてれば


この時が一番後悔しているかもしれない。
当時は全然働く意思がなく就職には目もくれず。
やむを得ずで就職してれば今と違った道だったかもしれない。
考えが甘かった。嫌でも働いとけば。

自分は、まだ絵の道が諦められなくて、とりあえず絵の専門学校に進んだ。
絵の専門に入れば克服できるかと思った。
けどスランプから抜けられなく全く描けず授業にもついていけなかった。
スランプのせいで絵を描く楽しさが分からなくて詰んだ。
周りの絵のレベルが思っているより低くて上手くなりたいという目標も湧かなかった。やっぱり大学に行くべきだったかもしれない。

家庭的にも裕福では無かったから大学に行くのは難しかった。
頭もそんなに良くなくて受かりそうな学校が無かった。
「とりあえずやりたいことがないから色んなこと学べる大学にした」と言ってた同級生が心底羨ましかった。裕福な家庭でぬくぬくと育ったタイプの同級生が何人かいて貧富の差を感じて憎かった。なにか新しく始めると報告すれば応援されて、
うちの家はまず否定されるからいちいち始める前に報告しない。

大卒か院卒で給料がかわるとか、資格があればとか。
「資格がなくても何とかなるでしょ」の考えが甘かった。
合否で優遇されやすいとか働き始めて4〜5年で知った。もっと早く知ってれば。
そういうの知っていれば奨学金を借りてでもどこかの大学に行ってれば。
と後悔ばかり頭に浮かんでくる。10代の時は今よりガチで病んでいて将来のこととか自分のことすら考える余裕が無かった。親ガチャ、人間関係ガチャだった。

運が悪かった、じゃないよもう。
過去に振り回されてる。記憶喪失になりたい。


路頭に迷う20代前半〜半ば

明確に何したいか、何やりたいか。
最低賃金の安賃金な所で何にも考えずダラダラとアルバイトする日々。
20代前半に今やりたいことに関係する資格の勉強やってたら今路頭に迷ってない気がする。まじで。

20半ばあたりに差し掛かったときに、実現できるかどうかは別として「やってみたい」ことを見つける。でも「やってみたい」の時点ではまだ本気じゃなかった。ただの目標。中身のない目標だった。

その「やってみたい」が「その道に行けなかった腹括って4のう」というくらい今は実現させるために足掻いてるところ。

「やってみたい」が本気になったキッカケは体を壊して不本意で無職なって療養中の時。激痛の中、考えるのは今後のことばかりだった。

その「やってみたい」ことを勉強して身につけたとしても、
本当にその道でやっていけるのか。
不安の方が勝ってしまう。金と時間の無駄になってしまうんじゃないかと。
迷いがあった。
スクールに通うべきか、短大に入るべきか、と。
スクールによったら当たり外れの差があるとウワサがあるからすぐには手が出せなかった。大学も当たり外れあるぽいし。どっちを選ぶか決めきれなかった。
迷い続けるだけで時間と月日が経っていく日々。


20半ば〜後半に突入

仕事を探す時が一番大変。
できないこと、やりたくないことが多くて職種も業務も限られる。
できることが少ないし資格もない。職歴も学歴もショボい。
嫌なことでも仕事だからと割り切れなくなってきた。
いい年して定職に就いてない転職人間。
フリーターという肩書きに限界を感じ始めてる。

「やってみたい」から「本気でやりたい」に思いが変わって来た。
この道を選んで、向いてなかったらもう死ぬしかないと思う。冗談抜きで。
この目標があるから今まで生きてこれたのに、目標無くなる=死。

スクールに通うか、大学に行くか。
(職業訓練は論外。少し安く勉強できる代わりにジョブカードとか規則が厳しかったりで面倒だったし、過去に違うジャンルで面接までやったことあるけど軽くトラウマになっているので)
迷った末に自分は大学に行くために、学費資金を貯めるために働く。
それが今の生きる目標。

なんだけど、1ヶ月半で7社ほど面接を受けた。全滅。
時給が高い方がお金貯まりやすいけど高確率で落ちる。時給目的ってバレてら。
もう最低賃金でも良いからとりあえず職が欲しい。

もしも高校生の時の進路でその道の大学に行ってたら今こんな生き地獄じゃなかったと思うと本当に後悔しかない。時間を戻す力が欲しい。
ヘタしたらアラサーで大学生になるなんて、同世代いなさそう。
同世代がいたらいいなー。年寄り同士でツルんでみたい。

まあもし学校に行くことになったらnote書くかと。
何年後になるか分からないけど。

職探しに難航してる前回のnote↓


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