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BOOKレビュー『妄想の世界史 : 10の奇想天外な話』

ビクトリア・シェパード 著, 柿沼瑛子 訳
日経ナショナルジオグラフィック, 2023.2

【目次】
第1章 お針子マダムMの「毎日替わる娘」と「すり替えられた夫」
第2章 元諜報員J・T・マシューズが説いた「エア・ルーム陰謀論」
第3章 「憂鬱(メランコリー)」に呑まれ自死した『憂鬱の解剖』の著者ロバート・バートン
第4章 新興宗教に心奪われた弁護士F・スピエラの「絶望」の果て
第5章 「ガラス妄想」フランス王シャルル6世の繊細すぎる肉体
第6章 極貧のマーガレット・ニコルソン――我こそ「正統なる英国女王」
第7章 革命が招いたギロチンのトラウマと、「頭を失くした」時計職人
第8章 権力への憧れと「誇大妄想」、街に溢れる「自称ナポレオンたち」
第9章 私はもう死んでいる――罪深きマダムXの「歩く死体」症候群
第10章 恋愛妄想(エロトマニア)――愛人レア・アンナ・Bがすがった国王の熱情

 私はこの本を図書館で立ち読みするやいなや、「これは図書館で読むだけでなく、自分で買って手元に置いておかなきゃいけない本だ」と確信し、すぐさまKindle版を購入した。まず、目次に踊る奇想天外な言葉の数々をみてほしい。「エア・ルーム陰謀論」! こんな魅力的でいかがわしい響きの言葉があるだろうか。一体、この本には何が書かれているのか? 目次の時点ですっかり引き込まれてしまった。

 『妄想の世界史 : 10の奇想天外な話』は、中世から第一次世界大戦前後まで、過去に実在した妄想を主張した人物について調べ上げ、そのライフヒストリーを丁寧に解説した本だ。著者のビクトリア・シェパードはイギリスのBBCラジオにて番組を制作しており、その一環で作った番組「A History of Delusions」などの内容をまとめて書籍に起こしたのが、この『妄想の世界史 : 10の奇想天外な話』というわけだ。なるほど、著者がイギリス出身ということもあり、随所にブリティッシュ・ジョークめいた言い回しも多用されている。

 著者は様々な妄想に耳を傾け、飛躍した主張の裏に隠された生活上の悩みや葛藤を解き明かそうとする。登場する妄想はとんでもないものが多いが、それらの妄想が生まれた背景にある問題は「子供を亡くした現実が受け入れられない」「プライドが高い性格だけども生活が困窮し、その現状を受け止めきれずにいる」などといった、突飛ではない悩みばかりだ。精神のバランスが危うくなった人物の主張を理解するには、その妄想が自分自身をどのように扱ってほしいのか読み解く必要があると著者はいう。例えば、「自分自身の体がガラスでできている」と主張する妄想は、自分をガラスぐらい丁寧に扱ってほしいという気持ちの現れだというのだ。言葉で言い表すと、これくらいあっけらかんとしたものではあるが、本人の悩みは切実だ。妄想は基本的に、自身の内的な葛藤と折り合いをつけようとして飛び出した本人なりの方法だ。うまく社会生活を送りながら精神のバランスも保つというのは誰だって難しいし、誰だって悩む。本著に登場するような妄想を主張する人々は決して他人事ではなく、通常の生活を営む私達の延長線上にあるものなのだ。

 オカルト好きとして本著のなかで目に留まったのが、妄想と最新テクノロジーの関連だ。ガラスを製造する技術ができたと同時に、ガラスの脆い材質の特色を取り込んだ妄想が生み出されたという。当時としては目新しく不思議なものが、すぐさま妄想に反映されたというのは興味深い。「時代を経るにしたがってあらわれる新たな妄想の形は、その当時の世界における人間の位置について何か重要なことを教えてくれる」と著者は語っている。私が目次で気になった「エア・ルーム陰謀論」というのも、この当時のテクノロジーの観点から読み解けるものだった。J・T・マシューズという人物がその実在を主張したエア・ルーム(Air loom=空気織機といった意味だろうか)なる機械は、磁気を利用して他人に思考を植え付けたりするものだった。「エア・ルームを用いてよからぬ奴らが俺をおとしめているんだ!」というのがマシューズの主張で、彼が精神病院に入院させられたのも「奴ら」の思惑通りなのだという。もちろん、そんな機械は妄想の産物だ。ただ、この妄想が生み出された背景には、実在する機械の存在があるのではないかと著者は指摘する。当時、1700年代後半のヨーロッパでは、メスメルという人物の発明した「動物磁気」という概念が話題となっていた。メスメルは動物磁気を用いて人を治療するという機械を作り、その治療の様子を半ば見せ物のようにして全国を興行して回っていた。この動物磁気などの主張は当時の科学としても否定されていたが、メスメルが多くの大衆の注目を浴びたのは事実だった。著者はJ・T・マシューズの行動の記録をたどり、彼がメスメルによる動物磁気治療の見せ物を見たのではないか、もしくは彼がメスメルの話を誰かからか聞いていたのではないかという。この動物磁気の発想こそが、磁気によって人間を操ったり考えを植え付けたりする邪悪な機械、エア・ルームの参考になったのではないかと著者はまとめている。このような、当時として目新しい最新技術などから発想が生まれる点では、オカルトや陰謀論めいた世界にも共通するものがある。例えば、地球空洞説の証拠とされるこんな写真がある。

 この地球の極地に穴が空いているかのような写真は、1960年代に人工衛星によって撮影されたものだ。この写真を種明かしすれば、極地に太陽光が届かなくなる現象によって黒い円が現れるというだけのことだった。ただ、この写真はビジュアル面で印象深く、地球空洞説の証拠に組み込まれるようになっていった。こうして新しい情報にビビットに反応し、飛躍した考えの中に情報を取り込んで関連付けていくという点では、オカルト的な発想は精神のバランスが崩れた状態と近いのかもしれない。このことについては吉田悠軌が著作『一生忘れない怖い話の語り方』で詳しく語っている。吉田は飛躍した物事の関連付けを「オカルト的思考」として紹介し、こう述べている。「オカルトは『こじつけ』だから面白い。ただし、森羅万象を『こじつけ』る世界観は、現代社会ではある種の狂気・精神病と見なされる場合もあります。しかし我々が目指すべきは論理からはみでる異界の物語なので、現行の実社会に『病気』扱いされることは、むしろ誉め言葉ですらあるのです」(吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』p.58)

 妄想を主張する人物のそばに、その妄想を社会に発信する人物がいるという構図も「妄想の世界史」には何度か出てくる。マシューズが精神病院に収容されていた際、その世話をする役割としてジョン・ハズラムという薬剤師兼医師の男がいた。ハズラムはマシューズの主張をまとめ、本にして社会に紹介した。「身の回りの人物が誘拐されて地下に幽閉され、替え玉が本人になりすましている」と訴えたマダムMが入院した際、医師のジョセフ・カプグラがその症状を調べて発信した。精神に問題を抱えた人物がそれを主張しても社会から見向きもされず、ある程度社会で信用のある者がその妄想を整理して取り扱うことで、初めて問題になるということだ。また、妄想の面白い部分を引き立てて編集し、社会にウケるようにした点もあった。この構図はまた、怪しげなオカルト的主張やオカルト本が生まれる過程にも共通する。一番わかりやすい例として、リチャード・シェイバーという人物がいる。彼の主張が世に出たのは、パルプ雑誌の編集者、レイ・パーマーの功績によるものだった。シェイバーは自ら「地底人とコンタクトしている」と主張し、地底に潜む対立する種族、テロとデロの実在を訴えた。それぞれ超古代文明の名残として存在する種族だが、テロの多くが善良な性格である一方、デロは人間に様々な攻撃を行っているという。例えば、デロは人間を誘拐して地下に閉じ込め、性的な辱めを行ったりするらしい。ここで「地下に誘拐する邪悪な存在」という点でマダムMの主張と重なってくるのだが、やっぱりシェイバーも精神科の入院歴があるらしい。編集者のレイ・パーマーはそこのところも理解した上で、彼の主張する世界観をまとめて雑誌に掲載し、かなり売れた。今もヒカルランドやたま出版から出されている本の中には、そういう作者と編集者の構図によって生まれているものもあるかもしれない。そして、実話怪談を取材する際、「素人目にも病名が分かりそうな幻覚だけども、怪談としてまとめて発表する」という行為もよくある。

 妄想を体験するということと、超常現象を体験するということ。この両者にはどれくらいの違いがあるのだろうか。それぞれに科学的理屈と相反した飛躍があり、そして多分に誰かの主観が影響してくる。ここの関係性は難しいが、この本『妄想の世界史 : 10の奇想天外な話』はそれを理解する手助けになるはずだ。

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出典:
(web)「地球空洞説、地底の小太陽、そして地底人」
http://x51.org/x/03/11/2238.php(2023年12月21日閲覧)


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