#02 デンマーク⑦ 「フードカルチャー×街づくり」と幸せな社会
いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。地産地消と伝統食の知恵、風土に根差した農業のあり方、持続可能な都市の探求……そこから浮かび上がってきたものとは、いったい何か。
リサーチメンバーの視点から、これからの時代に求められる「フードカルチャー×街づくり」の関係を考えていきます。
▶前編 ⑥ ”土地の恵み”を育む都市のビジョン
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コペンハーゲンでのフィールドリサーチを振り返って:
サステイナブルな環境の構築
デンマークのフードカルチャーを巡るフィールドリサーチ。そこで出会ったのは、サステイナビリティへの大きな意識の高まりだった。
バイオダイナミック農法の畑では、ある植物が持つ効果が他の植物にも望ましい影響を及ぼすように配置されるなど、農地を構成する要素同士が互いに補完し合って循環的な環境を成立させていた(記事②参照)。牡蠣に似た味がするオイスターリーフの葉や、レモン代わりの酸味を持つアリを料理に用いるなど、高緯度地域の自然環境下で限られた食材をできるだけ活用し、地産地消の視点から持続的に食を楽しむ工夫も見受けられた(記事③参照)。
オーガニック農場「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」にて、牡蠣に似た味がするオイスターリーフの葉と、コペンハーゲンのレストラン「Kadeau(カドー)」で供された、根セロリのローストにアリとキャビア、アスパラガスの発酵ソースの1皿。
ここで重要なのは、単にオーガニックであることではなく、「いまあるものをいかに持続させるか」を考える姿勢である。まず、その土地のテロワールともいえる“場に根差した個性”を丁寧に見つめ直すこと。そして、近代以降の社会が推し進めてきたモノカルチャー(単一栽培や単一生産による社会構造)ではなく、さまざまな要素をバランスよく組み合わせたマルチカルチャー(多品種栽培、多品種生産など多様な文化を内包した社会構造)な状況を創り出していくことである。
加えて、環境を持続的に発展させるためには、異質なものを受け入れるインクルーシブ(包摂的)な柔軟性も必要だ。都心の異文化領域ともいえる「クリスチャニア(Christiania)」(記事③参照)がオーガニックムーブメントの先駆けとなったように、新たな価値を生み出すヒントはニッチな部分にこそ存在する。いまある価値を最大限に活かすこと、相乗効果の創発が生まれるようなキュレーションを行うこと、異質な要素と共存を果たすことができるような寛容な状況を創り出すこと。サステイナブルな街づくりの糸口は、こうしたマインドセットのなかにあるのかもしれない。
滞在したホテル「アレクサンドラ」の客室内にあった環境保護クーポン。
「環境保護に参加すると100DKKのクーポンをご利用できます。環境認証ホテルとして、電力、水、洗剤などの保護に取り組んでいます。お客様の滞在中、1日(かそれ以上)ハウスキーピングがご不要の場合、当ホテル内Honesty Barでの昼食・夕食でお使いいただけるクーポンを差し上げます。当日午前9時までにロビーにお知らせください」
カウンターアーバニゼーションに見る、人々の意識の揺らぎ
大都市の第一線で華やかな生活を送っていた人々が、ストレスなどを理由に自然豊かな環境へと回帰していくーー。大きな振り子を振り戻すかのようなカウンターアーバニゼーション(反都市化/都市住民が田舎へ回帰する潮流)の実態を前にして、個としての人間がそれぞれに心のバランスを取り戻し、新たな豊かさの基準を見いだそうとする動きが見えてきた。自然の摂理を活かした食材を、世界の最先端を行くレストランのテーブルに並べること。都心部の人々が存分に自然を感じられるようなコミューン(同じ価値観にもとづく共同体)を建設すること。南米の伝統に根差したアルパカウールの価値を、その手触りを通して都市の人々へ届けること…。二項対立的な見地から都市という場をただ否定するのではなく、テクノロジーをうまく活用しながら都市と自然をつなぐ姿勢。忘れられていた自然の豊かさを都市生活へとなめらかに融和させ、人々の生活をあるべき地平へと導こうとするポジティブな試みが、そこにはあった。
一つの場所に居続けるのではなく、振り子が揺れ続けるようにその時々の目的や心境に合わせて移ろいながら生きていく。ストレス社会の深まりとともに、人々の流動性はより大きなものになっていくだろう。人々の実際の生活や内面への影響を体験すること、人との交流や街とのつながりを生み出すような場を創り出す姿勢が、街づくりを行っていく上で、これまで以上に求められるに違いない。
オーガニック農場「Frændekilde(フレンデキルデ)」の近くには、コペンハーゲン市民の別荘地が広がる。井上聡さんの右腕として働くイヴァー・エングダール(Iver Engdahl)氏の元妻所有のサマーハウスと、バルト海の眺望。
人々の幸福につながる取り組みと活動
オーガニックカルチャー、グリーンエネルギー、フェアトレードなど、自然環境や社会をめぐるさまざまな取り組み。重要なのは、一人ひとりの気づきを生み出す仕組みを無理なく生活の中へと溶け込ませる工夫だろう。オーガニック推奨CMをはじめとする政府の支援、オーガニック野菜の値段を“形”ではなく“重さ”で決める取り組みから、自動車よりも自転車による移動を快適にする道路環境の整備まで。一人ひとりがその選択に関わることで、自分の行動が世の中によい影響を与えるという実感が醸成される。社会の動向に自ら関わっているという主体的な意識が、この国における幸福度の高さの秘訣かもしれない。
しかし、その高い幸福度と相反するように、高緯度地域特有の長く暗い冬の影響からか、うつ病がデンマークでも社会問題となっているという。有効視されている対策の一つが、動物を飼うこと、そして自らの手でオーガニック野菜を育てて味わうこと。都市に居ながらにして自然の循環を身をもって感じられるよう、自然や社会との接点を創り出す発想が、人々が幸せに感じられる場づくりへとつながるかもしれない。
イヴァー・エングダール(Iver Engdahl)氏はもともとIT企業に勤めていたが、リーマンショックで職と財産を失い、「THE INOUE BROTHERS...」のソーシャルデザインのプロジェクトに携わるようになった。「Birkemosegaard」近くの海岸にて。
きっかけを創る“デザイン”と、人々を惹きつける“ミッション”の両立
では、人々の生活に自然との接点やエシカルな選択を溶け込ませるにはどうすればよいか。そのヒントになったのが、「Feel First, Learn Later.」ーー 今回のリサーチに参加しているデザイン・イノベーション・ファームTakramが、物事と人々との出合いを考える際に用いる言葉だった。格好よさや気持ちよさなどを人々が興味を抱くきっかけとしつつ、その後に理由や思想について知る機会を設定することで、より深い関わりを持ってもらう。自然の恩恵を感じる味わい深い料理や、美しく着心地のよいアルパカニットなどは、その模範的な例といえるだろう。
まず“デザイン”によって接点を作り出し、その体験を通して社会的意義や問題解決につながる“ミッション”を伝える。そうすることで「もっと知りたい、関わりたい」という人々自身の自発的な意志につなげていく。その土地や環境に必要なミッションをどのように見定め、人々とのつながりをどうデザインするのか。複雑な要素が絡み合って構成される街という社会やエコシステム、自らもまたその構成要素である多様な人々の関係を考える上で、非常に重要な示唆がそこにはある。
街づくりを行うにあたって、まず人と街との接点を丁寧にデザインすること。そして、街や社会が抱える課題に向き合いながらミッションを明確化し、未来を見据えたビジョンを人々と深く共有していくこと。そのたゆまぬ努力の先にこそ、個としての人々が自然とのつながりの中で“幸せな居場所”や愛着を見いだし、自らの意志でよりよい暮らしやそのための仕組みを考え、持続可能なムーブメントを生み出していくという、新たな街づくりの視点が拓けてくるはずだ。
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・カウンターアーバニゼーションに見る、人々の意識の揺らぎ
・人々の幸福につながる取り組みと活動
・きっかけを創る“デザイン”と、人々を惹きつける“ミッション”の両立
→ 次の訪問地「#03 徳島県神山町編」
リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
このプロジェクトについて
「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。
2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。
その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。