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#02 デンマーク② オーガニック先進国の“食と農”の関係

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。食に対する人々の意識が、いま大きな高まりを見せているーー。そう語るのは「THE INOUE BROTHERS...」のデザイナー、井上聡(いのうえ・さとる)さん。その実態を探るべく、世界一と評されるレストラン「noma(ノーマ)」も信頼を寄せるオーガニック農場を訪れました。
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人生を変え、社会を変えるオーガニック農場

いまや、世界が認める“美食都市”となったコペンハーゲン。
その背景を理解するために必要なこと。それは、都市生活者たちがなぜ自らの食のあり方について考え、健康と環境のためによりよい農作物を選び、生産者をサポートするようになったのかを、身をもって体験することです。
案内を務める「THE INOUE BROTHERS...」のデザイナー、井上聡さん(記事①参照)に導かれ、この国のオーガニックムーブメントを象徴する2軒の農場を訪ねました。

最高峰のバイオダイナミック農場「Birkemosegaard」

コペンハーゲンから北西へ車を走らせること1時間半、シェーランズオー半島の田園風景の中に現れたのは、かの世界的レストラン「noma(ノーマ)」に食材を提供していることで一躍脚光を浴びた農家「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」。
ここで採用している「バイオダイナミック(英語:Biodynamic)農法」は、日本ではワイン好きを中心にフランス語の略称「ビオディナミ(Biodynamie)農法」で知られる自然農法。農薬と化学肥料を使わず、その土地の気候や地質はもちろん、牛や豚が作り出す堆肥などの生き物の力、さらには月や太陽などの天体運行を取り入れることで、農場全体を一つの生態系として循環させる考え方に基づいています。

広大な敷地を無農薬や風力発電などでエコロジカルにまかなう「Birkemosegaard」。併設のレストランで採れたての素材を活かした料理を提供するほか、週末には直売店で販売される野菜や自家製の肉製品、サイダー(シードル)などを求めて多くの人々が訪れる。

4代目オーナーのイエスパー・アンデルセン(Jesper Andersen)さんによれば、この農法に取り組んだきっかけは約半世紀前、化学肥料の導入後に牧草を食べた牛が相次いで流産した出来事に遡ります。農業にも大量生産・大量消費の波が押し寄せるなか、そのあり方に疑問を抱いたイエスパーさんの母は、他に先駆けてバイオダイナミック農法を導入。苦労を重ねながら、土壌の栄養バランスを考慮してさまざまな野菜を組み合わせ、その傍らに花を植えてハチを呼び受粉を促すなど、この土地の気候と風土に即したノウハウを確立していきました。
何より驚くべきは、鮮やかなほどにみずみずしく力強い食材の味わい。農場に併設されたレストランでは、採れたての野菜や花を使い、その日にしか味わえない一品を提供。この土地の自然に根差したサステイナブルな食生活のあり方が、1皿1皿に体現されていました。

敷地内のレストランにて。食後に配られたのは、カボチャとイチジクの1皿に使われた花の種。持ち帰って育てることで、多様性を広げてほしいというメッセージが込められている。

井上さん「ここを最初に訪れたときに感じたのは、人間として自然に沿ったあり方とは何だろうということ。スタッフのマーティン・モ・クヴェデリス(Martin Mo Kvedéris)は、かつて『VICE Scandinavia』(※1)の幹部にまで登り詰めた男だけれど、激務で体調を崩し、休養のために訪れたこの場所で畑仕事をするイエスパーの姿に感銘を受け、キャリアを捨ててこの道を選んだ。人間として自然なあり方を、バイオダイナミック農法という営みに見いだしたんだと思う。そしてその問いかけは、人間や野菜だけでなく、この場所で育って『happy beef』や『happy pork』になる牛や豚たちの生き方にも向けられている。敬意を込めてなるべく幸せな環境で育てるのはもちろんのこと、最後のときも離れた場所へ連れていき、一瞬で急所を撃ち抜くから、恐怖や苦痛で肉がこわばることもなく、本当に美味しい。この味が何よりの証拠だけれど、極力自然なあり方を追求していることこそが、この農場が支持されるようになった最大の理由だと思う」

人間、動物、そして野菜をはじめとする植物にも、ありのまま伸びやかに育つ環境作りが徹底されている。

(※1『VICE Scandinavia』…数十カ国で若者カルチャーに特化したWeb記事や動画を展開し、高い支持を集める世界有数のグローバルメディア『VICE』の北欧版)

“反都市化”を象徴する滞在型農場「Frændekilde」

井上さんの案内で訪れたもう1軒のバイオダイナミック農場は、コペンハーゲンから車で北へ40分、別荘地として名高いバイビューに位置する「Frændekilde(フレンデキルデ)」。穏やかな風が吹き抜ける牧草地に夏の光が降り注ぐ中、開業を間近に控えたレストランへ。オープン前にもかかわらず、新鮮で香り高い野菜に、チーズやシャルキュトリー、デンマークの夏を象徴する野生のベリーなどをふんだんに使ったブランチを特別に振る舞ってくれました。

まばゆいばかりの緑が広がる田園地帯に誕生した「Frændekilde」。ゲストハウスの建物は、伝統的な農家建築をオーナー夫妻自らが改装したもの。

ここは、カリスマ美容師として名を馳せたキム・ウルフ(Kim Wolff)さんが、妻のルイーゼ・フレデリクセン(Louise Frederiksen)さんとともに作り上げたレストラン兼宿泊施設。華やかな業界の第一線で活躍しながら、ストレスの多い生活から離れて新たな人生を歩むべく、100年以上前に建てられた農家の建物と農地を夫婦で取得。土壌に残った農薬や化学肥料が抜けるのを3年かけて待つ傍ら、自分たちの手でリノベーションを重ねてきました。
「身の回りのものは自分の手で作るべきという思想に触れて、やるべきことはこれだと思った」とルイーゼさん。2階にはアーティストが滞在制作を行うスペースを設け、庭にはサウナと池を作る予定。将来的には小さな宿泊棟を20棟以上建て、都市生活から離れて自然を五感で感じられるようなコミューン(同じ価値観にもとづく共同体)の建設を計画しているそうです。

シェフのアレフ(Alef)さんもまた、都市生活を離れてこの地に移り住んできた一人。食事の前に、自分たちの手で改装を進めてきた建物をルイーゼさんが案内してくれた。

井上さん「ここはまさに、デンマークのカウンターアーバニゼーション(反都市化/都市住民が田舎へ回帰する潮流)を象徴する場所。都市での生活に疲れた人たちがあえて田舎へ移住して、新しいコミュニティを築いたり、ローカルビジネスを立ち上げたりしているのは、紛れもないマインドシフトの結果だと思う。もともと富裕層のサマーハウスが建ち並ぶこのエリアでも、彼らが求めるオーガニック食材を提供するために従来農法からの転換が相次いだ。人間としての自然なあり方を考える姿勢が、食文化に対する意識の高まりにつながり、そのうねりが社会構造をも変えていく。まさにホリスティック(全体的・包括的)なフードカルチャーの表れだね」

→ 次回  02 デンマーク
③ コペンハーゲンでの“食を巡る冒険


リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)

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このプロジェクトについて**

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。