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#02 デンマーク⑥ ”土地の恵み”を育む都市のビジョン

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。食と社会の関係を巡るリサーチに続いて、案内人を務めた「THE INOUE BROTHERS...」の井上聡(いのうえ・さとる)さんにインタビュー。
デンマークにオーガニックが根付いた、本質的な理由。そして不意のシンクロニシティを呼び起こす、社会を変えるためのビジョンとは? (インタビュー後編)
▶前編 ⑤ オーガニックという名の“あるべき生き方”
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「THE INOUE BROTHERS...」井上聡氏インタビュー(後編)

今回、デンマークのオーガニックムーブメントを象徴する場所をピンポイントで巡るなかで、あえて「クリスチャニア(Christiania)」(記事③参照)を訪れたのは、多様性をいかに許容するかという意味において、あの場所にはとても重要な意味があるから。東京でいえば銀座や丸の内のような超一等地に、あんなに自由奔放な場所が広がっていること自体が奇跡だし、僕自身、クリスチャニアがなかったらいまの自分はなかったと思う。
仕事をしていると、直感的に面白いことが思い浮かんだとしても、「こんな常識外れのことをしていいのだろうか」とか、「みんなはもっと違うものを期待しているかも」と考えて、次第にまわりのリアクションをうかがうようになってしまう。でもクリスチャニアに行くたびに、自由気ままに暮らしているように見える連中がこんなに素晴らしいコミュニティを作り上げている様子から、大きな勇気が湧いてくる。まさに「think less, feel more」だよね。

そういう場所の空気を身をもって感じてもらえただけでも、今回のリサーチトリップにはとても大きな意味があると思う。僕は街づくりに携わったことはないけれど、その土地に滞在して、そこから何を感じ取るかは、自分のクリエイティビティへのチャレンジだと思うんだ。たとえ日本国内であっても、自分が住んでいるのとは違う場所、例えば東京のことしか知らないのに「大阪ではこうだ」とは絶対に言えないはずだから。

大量消費から普遍的価値へのマインドシフト

それに、街づくりに大切なのは、その土地が持つタイムレスな魅力を素材として生かすことだと思った。これはあらゆることに共通する姿勢じゃないかな。例えば「THE INOUE BROTHERS...」に置き換えて考えれば、タイムレスな定番か、進化し続けるコンテンポラリーという両極があるとして、どちらでNo.1をめざすかといえば、タイムレスな定番を作ることには自信がある。いまやテクノロジーはただのツールになっているから、最先端をめざすよりも、逆に普遍的な価値を突き詰めたほうがいい。今回のリサーチでも、人間はタイムレスに自然が好きなんだなということを痛感した。そう考えると、ナチュラルで使いやすい環境を街づくりに取り入れたら、みんながその場所をタイムレスに好きになると思う。

ただ難しいのは、このオーガニックムーブメントの裏側には、国の後押しが必要だったこと。コンセプトだけでは社会的なマインドシフトを実現することはできないから、いかにクリエイティブな発想で国や自治体を動かすことができるかが重要になってくる。その意味で、デンマーク政府がオーガニックを推奨するテレビCMキャンペーンを打ち出したのは大きかった。「みんながもっと健康になったら病院などの医療費がこれだけ減る」というビジョンを、政府がWin-Winなことだと理解したんだと思う。論理的に突き詰めていけば、大量の消費を促して人々の心や体、それを取り巻く環境を破壊し続けるいまの社会よりも、オーガニックでサステイナブルに循環していく社会のほうが、経済的にも理に適っているはずだから。これもまた、大きなソーシャルデザインの取り組みだね。

オーガニック農場「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」にて。無農薬の野菜は色や形で選別されることなく、重さで量り売りされている。

人を動かし、未来を変えるシンクロニシティ

(じつはこのとき、井上さんの話に聞き入るリサーチメンバーの姿を見て、一人の見知らぬ老人が近づいてきました。輪の中に座り込み、彼にはわかるはずのない日本語の話にじっと耳を傾ける……。と、彼は突然、英語で話し始めました。自分はかつてクリスチャニアの住人だったこと。たまたまデンマークに帰国して、久しぶりにクリスチャニアを訪れたこと。さらには、自身がエコロジー活動に取り組んでいたときのエピソードまでーー。老人が去った後、井上さんはこの体験を次の言葉で締めくくりました)

いやあ、驚いた! 彼はジャン・パスカル(Jean Pascal)といって、垂直軸型の風車などで知られる伝説的な発明家。これは……まさにクリスチャニアならではのシンクロニシティだね。
彼は「みんなのマインドを変え、社会を変えるためには、クレイジーな人々の力が必要だ」と言っていたけれど、ここでいうクレイジーとは、既存のルールに対してもっといいアイデアと、それをやり遂げる情熱を持つ人たちのことだと思う。そして、そういう人たちがいたからこそ、デンマークではオーガニックが国を挙げてのムーブメントになり、それが都市生活者の意識を変えるホリスティック(総体的)なフードカルチャーにつながってきた。
それにしてもジャン・パスカルがすごいのは、日本語で話している僕たちを見かけて、何を言っているのかはわからないけれどピンときて、たった一人で僕たちの輪に入ってきたこと。まさにあれこそが本当のリサーチマインド。その好奇心と勇気がなければ、社会を変えることはできないんだと思ったよ。食文化にせよ都市にせよ、そこに何かを見いだして、奇跡的なシンクロニシティを引き起こすのは他でもない、人間自身の力なのだから。

クリスチャニアの伝説的な発明家、ジャン・パスカル氏とともに。


→ 次回  02 デンマーク
⑦ 「フードカルチャー×街づくり」と幸せな社会


リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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