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70歳で女性が“イケてる”理由(篠田真貴子)

「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第6回
Women Rowing North: Navigating Life’s Currents and Flourishing As We Age
by Mary Pipher 2019年1月出版

2019年1月、アメリカでは、70歳代前後の女性にスポットライトがあたる出来事が続きました。ナンシー・ペロシ氏(78)が米国議会下院議長に就任。マクシーン・ウォータース氏(80)が下院金融サービス委員会の委員長に就任。グレン・クロース氏(71)がゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞。スーザン・ジリンスキー氏(66)が全米テレビネットワークCBSのCEOに就任ーー。彼女らをトップ画像に置いたニューヨークタイムズの記事 “70 and Female is the New Cool” (「70歳で女性が、いまイケてる」)を、かっこいいなあ……と思いながら読んでいたら、「Women Rowing North」という本が紹介されていました。ベストセラートップテンに連続ランクインしているそうで、興味を惹かれ、読んでみました。

“アラウンド70”の女性たちが直面している現実

著者のメアリー・パイファーさんは、アメリカ中西部のネブラスカ州に暮らす71歳の女性です。臨床心理士としてキャリアを重ねてきました。アメリカではおばあさんと言えば、“役立たずで邪魔者”という扱いをされがちだけれど、そのイメージを変えたい、とパイファーさんは考えています。そして、老いを迎えるスキルと心構えがあれば、若い頃とは異なる充足感が得られるということを伝えたいと、本書を執筆したそうです。
それだけを聞くと、ちょっとアグレッシブな印象を持ってしまうかもしれません。でも私が読んだところ、過剰な前向きさはなく、現実的で落ち着いた、全体に穏やかな印象の本でした。

本書では、さまざまな70歳前後の女性が登場します。ある女性は、自分が創設したNPOの理事長を長年つとめ、仕事第一の人生を送ってきました。ところが夫が病に倒れ、介護が必要になってしまいました。
別の女性は、娘が薬物中毒に陥り音信不通になってしまい、娘の子ども2人を引き取って育てています。娘の治療に貯蓄を使い果たしてしまい、生活は楽ではありません。自分のリュウマチの治療を後回しにして、夫や孫たちの世話をしながら、先行きに不安を覚えています。
さらにもう1人の女性は、子どもの頃にDVにあった影響で、誰にも頼らず心をあまり開かないようにして独身を通し、「自立」した人生を歩んできました。しかし自分が60歳代後半を迎えたタイミングで、老いた母が重い病気になり、大人になって初めて心の重荷を誰かに吐露したくなります。

日本にいる私にも、老後といえば、健康面や経済力への不安、あるいはやりがいの喪失や孤独感のイメージがあります。そして、これらの不安に対し、健康管理や資産形成、地域とのつながり作りなどの指南がなされるのをよく目にします。しかし本書では、全く違った角度から、高齢の女性達がこうした課題と折り合い、心の平穏を獲得していくさまを捉えています。

70代においてもなお、新しい力を身につけられる

中でも特に印象に残った視点が2つあります。

ひとつは、この人生ステージでは、若い頃よりも変化を受け入れる力が鍛えられる、という視点です。老化や病によって、次々にやってくる苦しみや悲しみを、どう受け入れるか。はじめての状況に、どう対応するか。その経験を通して、年配の女性たちはより強く優しくなっていきます。人生の真実に触れ、喪失の中にも美を見出す心が育まれるのです。

著者のパイファーさんは、ご自身の手が不自由になってしまった経験を例にあげて、このことを説明しています。手の不調が続いたパイファーさんは、ある日診察を受けました。そこで医師から、「手の痛みや不自由さと一生付き合うことになる」と聞かされ、すっかり落ち込んでしまいました。仕事も家事も趣味も、何一つ、今までのようにはできなくなるのですから。「どうせ治らない」と頑なになってしまった時期もあったそうです。
でも、少しずつ周りの助けを受け入れ、感謝できるようになりました。様々な補助器具の使い方を覚えていきました。やがて、心の持ちようも変わり、いつまで続くか分からない「一生の苦しみ」に不安になるのではなく、今日の一日をより良く過ごすことに意識を集中しようとするようになったそうです。

もう一つ、私の印象に残った視点があります。それは、自分の祖父母から自分、そして孫までの5世代、著者の場合は曽祖父母も含め6世代の時間軸を、リアリティーをもって考えられるようになる、というものです。「私たちそれぞれの気質はどこからくるのか」といった人間観に、理論だけではなく実感が伴うようになる。歴史観や社会観も、祖父母から孫まで、個人的に深く知っている人々のエピソードと照らし合わせながら、肌感覚をもって深めていくことができる。さらに、祖父母より過去の世代、そして孫たちのさらに未来の世代ともつながっている感覚が深まる。パイファーさんは、このような観点を持つことは、喜びであり、慰めになり、しかも具体的な課題解決力にもなる、と記しています。

老いは「大きな変化」であり、受け入れる力が鍛えられる。5世代の時間軸が自分の実感として持てるようになる。70歳代になってなお、新しい力を身につけられるという視点に、私はワクワクしました。家庭、仕事、そのほかの様々な周りとの関わりにおいて、現在の私にはまだ見えない視座が得られるのだとしたら、若い時とはまた違った洞察やアイデアが出せるのかも。ステキ!

歳を重ねると、友達こそが人生の要になる

でも、誰もがすてきなお年寄りになっているわけではない、というのも現実ですよね。パイファーさんは、特に女性には、“女性ならではの課題”があると述べています。ざっと訳してみました。

いちばん広がりのあるベストな自分へと成長するには、私たち女性は、自分たちの人生を自分でしっかり掴まなくてはいけません。私たちが本当に望むことを見極め、それを堂々と追求する必要があります。それには、望みを追求することを自分に許し、自分に力を与えなくてはなりません。女性はほぼ全員、ここを乗り越えることが大きなポイントになります。私たち女性は、周りの世話をし、周りの責任を引き受け、周りの求めにいつでも応じるよう、育てられてきました。私たちは、自分を大切にすることを学ばなくてはなりません。

老いというプロセスが私たちに次々と投げかける大きな変化の波を受け入れ、困難をいなし、自分を大切にすることを学んで、いちばん広がりのあるベストな自分へ成長していく。その過程を、パイファーさんは“川を上る旅路”にたとえています。
そして、女性にとって、この旅路で最も大切なのは女友達だと明言しています。「女性にとって特に60歳代から70歳代ほど、女友達がありがたい時期はない」と。そして、以下のように述べて、老年期における友達づきあいについて、ひとつの章をまるまる割いています。

現代の生活では、友達は遠く離れた所に住んでいたり、繋がり合う時間を見つけるのも一苦労だったりします。友達と一緒にすごすには計画性と決意が必要なのです。私たちは、友達づきあいが非常に大切であること、特に歳を重ねると友達こそが人生の要になることを、教わらずにきてしまいました。

“70代のリアル”に希望が持てる

私はいま、50歳です。周りをみて、何となく自分も80歳代か90歳代まで生きるんだろうとイメージしています。そして、なるべくずっと働きたいな、とも思っています。でも、それ以上の考えを巡らせることなく、なんとなく今の自分の中身のまま、体力気力の衰えを防いで仕事と暮らしを楽しむというイメージしか持っていませんでした。
本書を通して私は、老年期にも内面の成長があり、新たな可能性が開けること、その成長は恐らく身体的な衰えや病と共にあること、そして共に歩む女友達との関係を育むことを、初めてちゃんと考えることができました。

著者のパイファーさんは、ヒラリー・クリントンさんと同世代です。アメリカでは、彼女たちの世代から、様々な分野で女性がキャリアを積む事例が出始めました。日本より10〜20年ほど女性の社会進出が早いイメージですね。キャリアに邁進した女性たち、家庭運営に力を注いだ女性たち、それぞれが70歳代を迎えて見ている景色や感じている動機を、本書を通してとても魅力的に教えてもらえました。

「人生100年時代」というキーワードが、『ライフ・シフト』(リンダ・グラットン著)をきっかけにすっかり定着しています。100年の終盤には、前半や中盤の単なる延長ではない豊かさがあるのかも。そう思える、素敵な本でした。

執筆者プロフィール:篠田真貴子  Makiko Shinoda
小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Blumeの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。


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