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短編小説

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記事一覧

私のために永遠に生きて

私のために永遠に生きて

私には自分しか好きなものがなくて、目も、耳も、口も、自分のために働かせることしかできません。
見たくないものを見たくないし、聞きたくないことも口にしたくないことも、そう。

だから私は彼女のことを知り過ぎていて、目は宇宙の赤いつらなりまで見つけられるし、耳は声をガラスの瓶のなかに雫みたいに落とします。口も、そう。
南アルプスのふもとで彼女の義母と私が話していたのだって(折りたためる木のテーブルにク

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LINEでツイッター

LINEでツイッター

「サク山チョコ次郎って知ってる?」
舞香にLINEした。
朝のラヴィットで紹介されていて食べたくなった、新製品のチョコ菓子。私が見たのも、発売も少し前だったけど、それからずっと気になってた。
「今日買ってみたんだ」
「なんか駄菓子みたいな印象のお菓子?でも二百円くらいする。ブラックサンダーで良くね?ぜんぜん違うか」
連投して、五分経過。
「おいしかったー!」
私が送った一通りのメッセージはまだ既読

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幸福な束縛

 結婚の約束までしていたのに彼は突然私の前から消えた。

 引っ越してきたばかりの2LDKの部屋、お揃いにしたお茶碗、まだほどきかけのお互いの荷物が入ったダンボール、そのどれもが彼の不在と同時に意味をなくし、今や私の存在さえもそれらと等しいものになっている。

 私の何がいけなかったのだろう。
 いや、元々がいけないところを数え上げるよりも、良いところを上げていくほうが早く済むような私なの

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道端の片手袋

 この世の芯に触れているみたいに寒い夜で、わたしの口のなかだけがとても熱い。だから少し頭がこんがらがっちゃう。「真ん中はとても熱いもの」だという知識があるから(地球の内核とか、たぶん、生き物の身体もなかの内臓がぐちゃぐちゃに熱い。これは知識じゃなくて感覚的なことかもしれない。でも、私には知識と呼べるほどの知の蓄積もないから感覚だけでなんとなく生きていくほかにやりようもないし)なんだか裏表がひっくり

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可愛いトリオは不格好

あなたって嘘をつく前に一瞬、目線を左下に泳がせるのね。
それで顔を上げたときには、ほらさきっき「冬の青い空が好き」って、話してくれたのと同じくもりのない目だわ。

ごまかし方は上手いほうだと思うけれど、すべて分かっている私にとっては、あなたの前後に矛盾のない優秀な台本や上手な演技も、茶番にしか見えないの。

一度なくした手袋のスペアを買うくらい、そのプレゼントは大切だったの?

私の知らない女の人

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ダイニングテーブル

ダイニングテーブル

涙は女の武器だと言うけれど、それは諸刃の剣であるのでしょうね。

私、あなたが、自分の目の前で泣くような女を嫌いだって、知っているのよ。だけど、溢れてこぼれて、とまらないの。
これで、あなたと戦おうなんて思ってもいないわ。
むしろ、私は、私自身は、涙なんて流さずに冷静に話をすることを望んでいるの。

私、涙を武器だなんて思ったことない。だってそんなの情けないもの。だけど。こんなに泣いてしまっ

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リビングルーム

リビングルーム

 あら、いやだ、血が出ているじゃない。
 あなたっていつもどこか、怪我している気がする。野良猫のルートでもたどって家まで帰ってきてるんじゃない? 柊の葉っぱに引っ掛かったような切り傷だとか、コンクリートの塀から落ちたような、アザね。

 猫なら毛でおおわれてあるし、身体もやわらかいから怪我なんてしないんでしょうけど、猫の真似なんてしていたら人間は一日で満身創痍よね。

 正しく人間の道を通

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猫子ちゃんがいてくれて良かった!

猫子ちゃんがいてくれて良かった!

朝から続いていた頭痛を和らげてくれたのは二粒の白い錠剤と、猫子ちゃんの真っ黒い瞳。
いやだな、だけどそれはどちらにも薬効時間の終わりがあるみたいで、僕は猫子ちゃんの閉じた瞼をまた真夜中にこじ開けることになる。

猫子ちゃん、起きて!起きて!頭痛が止まらないの。

猫子ちゃん、僕は君の名前が「ねここちゃん」なのか「ねこちゃん」なのかも正直分からないんだけど、そんなことを気にするよ

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年下の男の子

年下の男の子

「彼に美味しいごはんを食べさせてあげたくて」
 こんな気持ちになったのは、はじめて。

 それがお料理教室に通い始めた理由だった。

 包丁もろくに握ったことのなかった私が、そんな風に思うようになるなんて、恋って不思議。
 一体どうしてなんだろう。
 彼が年下だから?
 可愛い顔をしているから?
 あまりごはんを食べていなそうな細い身体をしているから?

 後付けの理由ならいくつか考えつくけれど、

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エビチリ

小学生って、こんなに小さかったんだっけ。
麟太郎を囲む少女たちは、私のおへそくらいまでしか身長がない。

麟太郎はおにぎりみたいな顔をした下膨れの男の子で、無神経で元気そうに見えるけれど案外ナイーブな泣き虫野郎だ。
クラスの女子児童たちからはよくからかいのターゲットにされていたようだった。

今日も、女の子たちは麟太郎を学校のエレベーターの中に追い込んで、「監禁もどき」の遊びをしている。麟太郎は

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猫子ちゃん

猫子ちゃん

 猫子ちゃん、僕は今日の真・夜中にね、カバの群れをしばらく見ていたんだけど、あれは年老いた人間の女の人みたいなもの悲しさがあるよね。
 とくに僕は、目が苦手だな。あの目のあたりが、さ。ほら、じっくり見てみてよ、なんだかつらいような気持ちになってこない?

 ならないなんて非・人間的だよ!!

 猫子ちゃん、僕は君のそういうところがむかしから大嫌いだったんだ! というより、君というより、君が嫌い

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犯罪ハウス

犯罪ハウス

 「一緒に住もう」
 とつぜん彼からそう言われたとき、少し身構えた。だけど、私がOKを出したあとで知ったのは、誘われたのは私だけではなかったこと。彼は何人もの人に同じことを言っていた。
 これは、彼が遊び人だったとか、そういう話じゃない。
 彼が声をかけた中には私と同じ年のアメリカ帰りの若い女の子もいたけど、おじさんや幼児、でぶの猫なんかもいた。

 彼は、とにかくたくさんの人たちみんなと

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君が悪い

君が悪い

 結婚して、もう一年半経つけど、それより前と生活はなにも変わらない。これって、もしかして大問題なんじゃないかしら。

 こどもが生まれて一年。できちゃった結婚。
 「つくった婚」と夫は言うけど、こどもをつくることに成功していなかったら彼は私とは結婚しなかったのかな、と、ときどき考える。
 以前、夫の友人たちと何人かで飲んだ時に、同じ言葉を使っていた人がいた。「つくった婚」。
 その人も、奥さんと

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早く彼女と別れてよ。

 早く彼女と別れてよ。

 泣きそうなんだけど叫びたいんだけど涙なんか流せないし言葉になんかできないし、だけど頭のなかはあなたのことでいっぱいで、それしか考えてない自分が嫌い。
 そうやって、自分が嫌だなんて自虐に走るのもセンスないしやり方としては飽きられてるだろうけど、先鋭的で目新しい方法なんて思い付かないし、そんなことは本当はまったく必要なものじゃないってことも分かってるの。

 あなた

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