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君が悪い

 結婚して、もう一年半経つけど、それより前と生活はなにも変わらない。これって、もしかして大問題なんじゃないかしら。

 こどもが生まれて一年。できちゃった結婚。
 「つくった婚」と夫は言うけど、こどもをつくることに成功していなかったら彼は私とは結婚しなかったのかな、と、ときどき考える。
 以前、夫の友人たちと何人かで飲んだ時に、同じ言葉を使っていた人がいた。「つくった婚」。
 その人も、奥さんとは結婚を前提にお付き合いをして、意識的にこどもをつくってから入籍したのだという。
 結婚願望は昔から強かったらしい。奥さんの前に結婚を考えていたというむかしの恋人の話も聞いた。その彼女とも「つくった婚」を目論んでいたらしいけれど、計画が果たされることはなかったみたいだ。
 「縁がなかったんだね。彼女は遠くに行ってしまったし」
 そう語った彼のむかしの恋人は、今、中米で海を見ながら暮らしている。ふたりが別れた理由はそれが直接の理由で、「つくれなかった」ことではないようだったけど、彼らがもしも過去に結婚していたら、そのただ一点が理由になっていたはずだ。
 私は、夫の友人のむかしの恋人、私にとってはとても遠くて無関係な彼女が、今どうしているのかに想いを馳せる。

 今日は二日ぶりに、夫が家に帰ってきた。
 夕飯につくった青椒肉絲はおいしくできなかった。
 料理はあまり得意ではないけれど、夫に出す料理を作る時には、とくに失敗が多い気がする。私はまだ彼との生活に慣れていないのかもしれない。

 夫の仕事は不規則で忙しいけれど、彼はいつも自分が今どこにいて何をしているのか私に連絡してくれる。だから私はちっとも不安じゃない。いつもむしろ、安心している。彼が出張先のホテルで缶ビールをあけていることや、もしくは、彼の不在に対して。
 旦那は性質の良い、穏やかな人だと思う。

 夕飯の途中でセックスした。はやる気持ちを抑えられなかったとか、そういうわけではなく、なんとなくそういう雰囲気になり、多分、このきっかけを逃して食事が終わるまで待ったりお風呂に入ったりしたらやらなくなるような気がしたから、やった。
 最近、そういう営みを求める気持ちが薄れているし、そういうことになっても、あまり集中することができなくて、内心私は焦っている。それは、私だけではないのかもしれないけれど。
 夫ことは好きなのに、勢いがなければ応じることができなくなってしまった。私の皮膚は、血や肉や内臓から少しだけ浮いたバリアみたいになって、私のあらゆる「感覚」を守り、にぶらせていた。
 体位を変えたら少しだけ好くなって、あ、このままなら大丈夫、これで最後まで続けて欲しいと願った途端に流れていたテレビの音が気になり始める。たぶん、それで、もうだめだった。サバの臭みの取り方? おいしいサバの味噌煮を時短で作る方法? 私も夫も、もうすぐなんとなく決まり悪いような、へらへらした笑いを浮かべて行為は中断される。

 私にとっては、二度目の結婚だった。一度目の失敗は、おそらく若過ぎたという言葉だけで終わらせることのできるものだった。だけど、その結婚も、あの人との間にこどもがいたら話は違ったのだろうか。
 少なくとも、私はかつての夫と連絡くらいはとれる状態にいただろう。
 彼の連絡先は、もう知らない。知る必要がないことだった。それは、お互いにとって。

 私たちの行為はやっぱりテレビに中断される。
 スイッチをオフにしても、サバの臭みを取る方法だけはずっと私の頭に残っていそうだった。
 私と夫は気まずい雰囲気を漂わせることもなく、至って自然な雰囲気で和やかに行為を中断し、それぞれにくつろいだふりをしながら過ごしていた。
そんなことは、もう何度もあった気がする。

 青椒肉絲は、大皿の上にまだ少し残っている。
 本当は夫と私の分でお皿を分けたかったのだけれど、食器の枚数が足りなかった。
 結婚してもう一年半も経つのに、独身時代に私がこの家に持ち込んだときから、グラスもお皿も数を増やしていない。
 二枚組、と、二枚組の片方が欠けてしまったお皿たち。
 うちは息子も入れて三人家族なのに、まだ新しい食器を買い足してもいない。
 夫はそれを、どう思っているのだろうか。

 私が育った家は大家族で、最大でその家には十人が暮らしていた。メンバーはあらゆる理由によって一人欠け二人欠け、私が実家で暮らしていた期間で最小で四人にまで減ったことがあったけれど、キッチンにある大きな食器棚の中にはいつでも十人分の食器がきちんと揃えられてあった。
 その食器のすべてが、余さず稼働し、汚れ、再び磨き上げられて棚に並べられていたあの頃こそ、私の「家庭」がもっとも機能していた時期だった。

 「×××は?」
 夫が、息子の所在を尋ねた。ふと下を見遣ると、息子は床に転がってばぶばぶ言っている。
 「it.」
 指差して、ああ、この子の名前、なんだっけ?と、私にはぜんぜん思い出せない。
 そういえば、半年くらいずっとごはんもあげていなかったような気がする。
 よく生きていたもんだ、と、感心しながら、死なれたら困るな、と、私は少し焦りを覚える。
 キッチンに駆けて、戸棚から粉ミルクを取り出す。白いボールにミルクの素と、息子を入れた。
 たしかミルクの温度は人肌ほどが適温だったはず。加減をするのは難しいな。

 ヤカンにかけた水を少し沸かし過ぎた。しゅんしゅんと機関車のように湯気を立てているけれど、あとから水でも加えればいいやと、沸騰したお湯をボールに入れる。
 息子の入った器の中にあぶくを立てた熱湯が満ちる。急いで水を足す。間に合わなかった。息子は卵黄のような色と形状に変化し、死んでいた。

 「どうしたの?」
 夫が背後から私と息子の死骸をのぞく。
 私は息子の死を悟られないように火の通った卵の黄身を隠す。あとで、紙粘土でまわりを囲んで、誤魔化そう。小学生の夏休みの工作で、空き瓶のまわりに紙粘土を貼り付けて花瓶を作ったことがある。ああいう風にやればいい。
 クレバーなアイデアにほっと胸を撫で下ろす。しかし次の瞬間、私は自分が息子の顔を思い出せないことに気付いた。

 ボールの中に浮かぶ卵黄に似た形状を見つめた。
 なんだこれ、気味が悪いな。

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