見出し画像

#023.呼吸6(まとめ)

トランペットと音楽について特化したブログ「ラッパの吹き方:Re」は、現在呼吸について徹底解説しています。これまでに、解説した記事をご覧になっていない方は、ぜひ以下のリンク「#018.呼吸1(呼吸原理編)」から順番読んで順番に理解を進めてください。

さてだいぶ長いこと呼吸について書いてまいりましたが、今回でひと段落にします。

最後は、これまでバラバラに解説してきたものを、実際の演奏時に使える流れとして解説していきます。

その前にいくつかチェックをしておきましょう。


生きるための呼吸

呼吸の目的は取り込んだ空気から必要なものを体内に摂取し、使い終わったものを排出するガス交換です。これは「生きるため」の行為。何があってもこれを最優先に考えなければなりません。これを無視してトランペットを演奏するのは体に負担をかける可能性があります。人体の持つ機能を無視したり逆らう行為は危険であり、演奏にも逆効果です。

陰圧

空気は力を使って吸引するのではなく「空気が体内に流れ込む機能が人間には備わっている」のです。その仕組みは肺を取り囲むように存在する「胸膜」が横隔膜や肋間筋によって外側へと引っ張られ、胸膜腔の圧力が低下する、いわゆる「陰圧」になることで、肺の中へ空気が流れ込んでくるわけです。したがって、ストローでジュースを飲むような吸引する力を使うのは食事のための機能であり、呼吸ではありません。

腹筋という言葉の捉え方、筋肉の持つ機能の幅広さ

「筋肉」というワードが多くの人にとって「パワー、力強さ、鍛える、瞬発力、固い、苦しい、頑張る」などのイメージを持ちやすいのですが、筋肉の持つ機能はそういったものだけではありません。例えばダンサーの指先まで神経の行き届いた柔らかく優雅で華麗な動き、アダージョのシーンを情感たっぷりに表現している指揮者などの持つ「しなやかな動き」も筋肉の持つ機能であり、トランペットの演奏に求められる筋肉のほぼ全てが、そのしなやかな動きによって機能しています。

例えばトランペットから音を出すために作り出すアパチュアも、口周辺もしなやかに大きく動かした筋肉によって生み出されるべきで、瞬発力やパワーによって勢い良く口を硬く閉ざすと負担ばかりがかかる逆効果な結果になるのです。

呼気時の腹筋も、どうしても筋トレの腹筋運動を連想しがちですが、あのような強い筋力や瞬発力を楽器に用いることは、体の機能を制限してしまいます。トランペットの演奏には腹筋運動の要素は逆効果になるだけです。

これらの解説が意味不明な方は、記事冒頭に掲載したリンクより過去の記事をご覧ください。

準備から音を出すまでのルーティン

それでは、楽器から音を出すまでの一連の流れ(ルーティン)を解説します。

最も重要なことは、人間の持つ自然な呼吸の流れをベースとする点です。そこにトランペットに必要な(特有の)セッティングや動きを取り入れていくイメージを持ってください。

[音を出すまでのルーティン]
1.マウスピースを唇にセッティングする

2.上半身の余計な力を抜く

3.あくびのような吸気

4.いつでも音が出せる状態(腹筋によって体内の空気圧が高まり、それが漏れ出ないよう舌で空気の通り道を塞いでいる)

5.舌を離すだけで音が出る

ではいくつか解説します。

まず、マウスピースのセッティングに関しては過去の記事「#006.音を出してみよう その2(実践編)」をご覧ください。

「2.上半身の余計な力を抜く」というのはこれはすでに解説したように、横隔膜や肋間筋を十分に動かせるようにするためです。

「3.あくびのような呼吸」は吸気の回で解説した通りですが、大切なのはあくびをしてから出てくるまでの時間の長さです(これを「呼吸のと呼んでいます)。吸気の目的であるガス交換、これかかる時間はトランペット演奏時にも当然考慮する必要があります。したがって「(ゆっくりなテンポでの)演奏開始2拍前」にあくび(吸気)が始まるくらいが理想です。

指揮者の指示に合わせて演奏開始1拍前に勢いよく吸い込む奏者がとても多いのですが、それを続けるとガス交換が成立しない(肺まで到達しない)吸引のまま排出することになり、酸素が欠乏し、体に負担がかかります。苦しい、胸が痛い、クラクラする感覚を持ち、ブレス回数がどんどん増えてきます。

あくび(吸気)に関して詳しくは過去の記事「#019.呼吸2(吸気実践編)」をご覧ください。

指揮者の合図に合わせた演奏開始1拍前ブレスは、タンギング準備や音を出すための圧力セッティングが慌ただしく、準備が整わないないまま音を出すことになる可能性が高くなります。「4.いつでも音が出せる状態」というのは「すでに音が出る準備が完成していて(体内の空気圧が高まっている)、それを舌によってアパチュア部分まで到達しないように止めている状態」です。直前すぎるセッティングでは現状の確認ができず、毎回の音出しが賭けになる非常にハイリスクな状況なので、いつも(ゆっくりのテンポであれば)およそ2拍前から吸気がスタートし、1拍前ではいつでも音が出せる状態にスタンバイしておくのがベストです。

補足 1

吸気量によって呼気に到達する時間は異なります。簡単に言えばたくさん入れば出てくるまでの時間(呼吸の間)は長くなるので、一息で長いフレーズを演奏するためにたくさん空気を取り入れた場合、吹き始めるために訪れる呼気のタイミングもそれだけ時間がかかるわけです。逆に4分音符1つしか演奏しないのであれば呼吸の間もそれほど必要なく、というか、もはやルーティンを尊重するためだけに一連の動きをしているだけで吸気を意識しないほうが良いかもしれません。

したがって、先ほど「演奏開始2拍前からあくび」とは書きましたが、場面や状況によってそれらはどんどん変化します。そして、その変化する吸気時間は、たくさんの状況を経験したり研究することで、自分の感覚に植え付けていくためのインプット練習するしかありません。ぜひ研究と実験を繰り返してベストな呼吸を見つけてください。

補足 2

「#018.呼吸2(吸気原理編)」で空気を鼻から入れるから口から入れるかのお話の時「鼻で呼吸をすると言い切る人は、風邪ひいたりして鼻詰まりになったらどうしているでしょうか」と言い放ったわけですが、もちろん他にも理由があることが今回でおわかりいただけたはずです。

ブレスは演奏前の準備のひとつであり、音を出すためには他にも舌や顎など様々な部分が働いた結果、いつも安定した演奏ができているわけです。鼻で吸気を行うと、舌や顎などに力をかける嚥下えんげ(飲み込む行為)になってしまうため、呼吸になりません。そういった意味でも「あくび」という言葉、口からの呼吸をするように解説しています。

口から空気を入れようとしたとき、自然と鼻からも空気は流れているので、非常にスムーズです。

「#018.呼吸2(吸気原理編)」についてはこちらからご覧ください。

曲中のブレスについて

今回は呼吸の話題ですので最後にこちらも書いておきます。

何かの作品を演奏している人がどれだけその音楽を理解し、強くイメージしているかは、演奏途中のブレスですぐにわかります。

まず、呼吸に関して無計画の奏者はどんな場面でも常にたくさんの空気を取り込もうとします。そして体内の空気がなくなって吹けなくなった時にまた慌てて大きなブレスをするのです。
しかしこの方法では呼吸と音楽(作品)がどんどん乖離かいり(はなれること)します。音楽は呼吸を伴って作られている、ということを忘れてはなりません。したがって、ブレスも音楽の中に組み込まれているのが自然であり、ブレスに費やす時間も音楽的であるべきなのです。

また、最も多く起こる良くない例として、ブレスをするためにその直前の音の長さを犠牲にしてしまう行為です。例えば2分音符なのに1拍分吹いて残りの1拍をブレスに費やしてしまうなど。これでは楽譜と違う演奏になってしまいますね。
「音符の長さは正しく、そしてブレスの時間も必ず確保して」と言うと「そんなの矛盾している」と困惑される方はきっと、「楽譜通りに演奏する」イコール「メトロノームに合わせること」と考えている場合が多いです。メトロノームが鳴りっぱなしの状況では確かにブレスをする時間は存在しません。では呼吸をしないほうが良いのか、と言えばそれは無理ですよね。したがって、メトロノーム的な均一テンポは音楽的とは言えず、ブレスという楽譜に書かれていない時間が音楽には存在する、と結論付けるのが正しいとわかります。

指導者の中でも「ブレス行為は音楽的ではない」と捉える人がまだ一定数いると思われます。特に、吹奏楽のハーモニーやベースラインを担当しているパートやコラール的な部分で「カンニングブレス」を多用させる人がこれにあたります。

カンニングブレスというのは、ブレス箇所がバラけるようにあらかじめ決めておき、音が常に鳴り続ける方法です。もちろんそういった方法が効果的であったり、どうしても必要になる場面は存在します。しかし、人間の演奏において延々と音が鳴り続けている状況は少し異常で、聴いている人も呼吸ができずに非常に息苦しい印象を与えてしまうのです

ブレスは足りなくなったから吸うのではありません

車を運転していたとして、ガソリンがゼロになったらガソリンスタンドで満タンに…なんて無計画ですよね。でも管楽器の演奏でこれと同じことをしている方が大変多いです。空気がなくなったらブレスをする。この無計画なブレスのためにフレーズや音楽の流れと言った重要な要素が希薄になりがちです。しかも空気がなくなってくると空気圧のコントロールも不安定になり、ブレス直前が弱々しい演奏になってしまいます。

これから演奏するフレーズを完全に頭の中にイメージできている状態であらかじめブレス箇所を決めておくようにし、音楽なブレスであり続けるように心がけてください。


ということで呼吸について大変長い時間をかけて書き続けましたが、ご理解いただけたでしょうか。呼吸を正しく理解することでこの先に直面する様々な問題も解決しやすくなります。
そして正しい知識を正しい実践に変換できるよう、常に正しく行って習慣化できるよう練習してください。


荻原明(おぎわらあきら)

荻原明(おぎわらあきら)です。記事をご覧いただきありがとうございます。 いただいたサポートは、音楽活動の資金に充てさせていただきます。 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。