とみたまい

インタビューライター、FP/企画・編集・脚本/雑誌、本、WEBメディア、映画パンフレッ…

とみたまい

インタビューライター、FP/企画・編集・脚本/雑誌、本、WEBメディア、映画パンフレット、公式ガイドブックなどで執筆(https://tomitamai.tumblr.com)/2016年より乳がん治療中

マガジン

  • 乳がん

    2016年3月に乳がんを告知された当時に書いていたものや、治療がひと段落したいま思っていることなど。

  • 妄想ダイビング

    掌編小説というか、妄想メモというか。書きたいままに書いているもの。

記事一覧

あなたにとって、わたしはどういう存在ですか?

聞きたいけれど、聞くことができない。
昔はそれがとても苦しいことだったけれど、歳を重ねたいまはそうでもない。

あなたが言いたくなければ、無理に聞こうとは思わない。
あなたがわたしのことを特になんとも思ってなくても、それでいい。

視点の違いに救われる...2016.9.21の手記より

 夫は基本的にマイナス思考で人への依存度が高く、メンタルも劇的に弱い。  本人も「自分の隣にいるまいちゃんの人生が壮絶すぎて、なぜこの人が自分の嫁なのか、わから…

ダンサーインザダーク

登場人物(過去)リク:N大3年。本が好き。3人のなかで唯一免許を持つ。ケイ:N大3年。現実主義者。ギターが得意。ハル:N大3年。踊りが好き。彼女がほしい。 1 車のな…

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2005.05.21の手記

きみの服があまりにもヨレヨレだから、僕は毎日きみのことを心配しているんだ。 ヨレヨレの洋服をまとっているきみは、そのことすら気付かずに、まるでどこかの令嬢みたい…

1

2005.10.07の手記

きみはいったい何処に行くのか その醜悪な肉体と虚構の精神を抱えて どんなに走っても先人たちには絶対に追いつかないことを もうずいぶん前からわかっているくせに き…

「その花は媚びた唇のやうな紫がかった赤い色をしてゐた。一歩誤れば嫉妬の赤黒い血に溶け滴りさうな濃艶なところで危く八重咲きの乱れ咲きに咲き止まつてゐた」

岡本かの子『小町の芍薬』

「僕思うんですが、意思の大いさは絶望の大いさに正比する、とね。意思のないものに絶望などあろうはずがないじゃありませんか。生きる意志こそ絶望の源泉だと常に思っているのです」

北條民雄『いのちの初夜』(令和2年 改版初版)

1

最初の牛乳

 目が覚めたときにはすでに、それはわたしの手に握られていた。得体のしれない白い液体で満たされた、なんの変哲もないガラスのコップ。  この、白い液体はなんだ? そ…

彼女が自分の人生を自らの手で終わらせる決意をし、わたしの前からいなくなってから今日で12年。と同時に、わたしが生き方を大きく変えてから12年。大事なものだけを大事にして生きていく、と決めたんだ。

「聡明な彼女だったら、いまの世界をどう生きただろうな?」と思うことがしばしばある。

「知恵も言葉もない自然が、無責任で無力な、苦しむ人間たちを精いっぱい助けてくれている」

バリー・ユアグロー『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』柴田元幸訳(2020年初版第1刷)

「これがいわば、孤独というものの真のすがたである。孤独とは、けっして単独な状態ではない。孤独は、のがれがたく連帯のなかにはらまれている。そして、このような孤独にあえて立ち返る勇気をもたぬかぎり、いかなる連帯も出発しないのである」

石原吉郎『石原吉郎詩文集』(2017年第10刷)

3

黒い紳士

 あの夜、黒い紳士はやってきた。ほとんど眠りかけていたわたしに気を遣ったのだろう、黒い紳士はわたしの傍らに腰をおろしたまま、何も語らず、ただそこに居た。  わた…

5

「エリザベートはもう、彼女の緊張しきった内部に連絡のとれない省察を持つことができなかった。彼女は異様な無言劇のうちに狂気の状態を現わし、極度にこっけいな動作によって、生命を破棄し、生存の限界から後退する」

ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』東郷青児訳(1998年改版54版)

サバイバー

「久しぶり」  わたしの顔を見るなり彼はそう言ったが、正直なところ、わたしは彼が誰だか覚えていなかった。 「お久しぶりです」  誰だか覚えていなかったけれど、とり…

1

「神は大勢の人間達が、何万年にもわたって自分に助けを求め、祈り、そして何もしなかった自分を祝福しながら死んでいくのをただ見ていなければならない罰の状態にいるのではないか?」

中村文則『惑いの森 ~50ストーリーズ~』(2012年第1刷)

today me, tomorrow you.

 真っ白い光がさす道を歩んでいる。眼前には見渡すかぎり青々とした芝生が広がり、遠くにゆるやかな傾斜の丘がポツンと佇んでいる。それにしてもこの光はいったい何だ。太…

3

あなたにとって、わたしはどういう存在ですか?

聞きたいけれど、聞くことができない。
昔はそれがとても苦しいことだったけれど、歳を重ねたいまはそうでもない。

あなたが言いたくなければ、無理に聞こうとは思わない。
あなたがわたしのことを特になんとも思ってなくても、それでいい。

視点の違いに救われる...2016.9.21の手記より

視点の違いに救われる...2016.9.21の手記より

 夫は基本的にマイナス思考で人への依存度が高く、メンタルも劇的に弱い。

 本人も「自分の隣にいるまいちゃんの人生が壮絶すぎて、なぜこの人が自分の嫁なのか、わからないときがある」と真顔で言うこともしばしば。

 たしかに、彼が悩み落ち込む理由を聞くと、心の中では「はぁ〜? なにそれぇ?」と思うことがほとんどだけど、人の心の許容範囲はそれぞれ違うから、自分のさじ加減で人の心を判断してはいけない、とい

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ダンサーインザダーク

ダンサーインザダーク

登場人物(過去)リク:N大3年。本が好き。3人のなかで唯一免許を持つ。ケイ:N大3年。現実主義者。ギターが得意。ハル:N大3年。踊りが好き。彼女がほしい。

1 車のなか。夜。晩夏。過去。

 夜の街を走る一台の車。運転するリク、助手席でスマホのマッチングアプリを眺めるハル。後部座席のケイはギターを適当につま弾いている。

リク「夏も終わりかぁ~。なんかいやんなっちゃうなぁ~」
ケイ「なんで?」

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2005.05.21の手記

2005.05.21の手記

きみの服があまりにもヨレヨレだから、僕は毎日きみのことを心配しているんだ。

ヨレヨレの洋服をまとっているきみは、そのことすら気付かずに、まるでどこかの令嬢みたいな気高いふるまいで街を闊歩する。

きみのその姿はひどく滑稽だから、人々はすれ違いざまに鼻で笑い軽蔑し、そうしてきみのまわりからは人がどんどんいなくなっていく。

それでもきみは一心不乱に前を向いて街を闊歩する。気高く、大袈裟に、自分勝手

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2005.10.07の手記

2005.10.07の手記

きみはいったい何処に行くのか

その醜悪な肉体と虚構の精神を抱えて

どんなに走っても先人たちには絶対に追いつかないことを
もうずいぶん前からわかっているくせに

きみはいったい何処に行くのか

その醜悪な肉体と虚構の精神を抱えて

たった一度の跳躍で先人たちを飛び越えてしまう人間が
まだ残されていることを知っているくせに

きみはいったい何処に行くのか

その醜悪な肉体と虚構の精神を抱えて

「その花は媚びた唇のやうな紫がかった赤い色をしてゐた。一歩誤れば嫉妬の赤黒い血に溶け滴りさうな濃艶なところで危く八重咲きの乱れ咲きに咲き止まつてゐた」

岡本かの子『小町の芍薬』

「僕思うんですが、意思の大いさは絶望の大いさに正比する、とね。意思のないものに絶望などあろうはずがないじゃありませんか。生きる意志こそ絶望の源泉だと常に思っているのです」

北條民雄『いのちの初夜』(令和2年 改版初版)

最初の牛乳

最初の牛乳

 目が覚めたときにはすでに、それはわたしの手に握られていた。得体のしれない白い液体で満たされた、なんの変哲もないガラスのコップ。
 この、白い液体はなんだ? そもそも液体が白いだなんて、どうかしている。そんな技がなせるのは、白い水性絵具ぐらいじゃないか。これを飲めとわたしに言うのか?

「あら、起きたの? おはよう」
 知らない女が親しげに話しかけてきた。艶やかな黒髪に、つるんとした青白い頬。わず

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彼女が自分の人生を自らの手で終わらせる決意をし、わたしの前からいなくなってから今日で12年。と同時に、わたしが生き方を大きく変えてから12年。大事なものだけを大事にして生きていく、と決めたんだ。

「聡明な彼女だったら、いまの世界をどう生きただろうな?」と思うことがしばしばある。

「知恵も言葉もない自然が、無責任で無力な、苦しむ人間たちを精いっぱい助けてくれている」

バリー・ユアグロー『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』柴田元幸訳(2020年初版第1刷)

「これがいわば、孤独というものの真のすがたである。孤独とは、けっして単独な状態ではない。孤独は、のがれがたく連帯のなかにはらまれている。そして、このような孤独にあえて立ち返る勇気をもたぬかぎり、いかなる連帯も出発しないのである」

石原吉郎『石原吉郎詩文集』(2017年第10刷)

黒い紳士

黒い紳士

 あの夜、黒い紳士はやってきた。ほとんど眠りかけていたわたしに気を遣ったのだろう、黒い紳士はわたしの傍らに腰をおろしたまま、何も語らず、ただそこに居た。
 わたしは最初、恐怖を感じた。黒い紳士は闇に溶け込み、あまりにも自然なかんじでそこに居たから。自然すぎることに、恐怖を感じた。けれど、心のどこかでこうなることも予感していた。そろそろ来るんじゃないかと、漠然と──いや、それは嘘だ。今夜、黒い紳士が

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「エリザベートはもう、彼女の緊張しきった内部に連絡のとれない省察を持つことができなかった。彼女は異様な無言劇のうちに狂気の状態を現わし、極度にこっけいな動作によって、生命を破棄し、生存の限界から後退する」

ジャン・コクトー『恐るべき子供たち』東郷青児訳(1998年改版54版)

サバイバー

サバイバー

「久しぶり」
 わたしの顔を見るなり彼はそう言ったが、正直なところ、わたしは彼が誰だか覚えていなかった。
「お久しぶりです」
 誰だか覚えていなかったけれど、とりあえず無難な返事をする。
「……で、きみは誰?」
「え?」
「僕は正直なところ、きみのことを覚えていないんだよ」
「えーと……」
「おかしいなあ。僕はだいたいの人のことを覚えているんだけど……きみについては、さっぱり記憶にない」
 彼は心

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「神は大勢の人間達が、何万年にもわたって自分に助けを求め、祈り、そして何もしなかった自分を祝福しながら死んでいくのをただ見ていなければならない罰の状態にいるのではないか?」

中村文則『惑いの森 ~50ストーリーズ~』(2012年第1刷)

today me, tomorrow you.

today me, tomorrow you.

 真っ白い光がさす道を歩んでいる。眼前には見渡すかぎり青々とした芝生が広がり、遠くにゆるやかな傾斜の丘がポツンと佇んでいる。それにしてもこの光はいったい何だ。太陽から発せられるとは思えないほど白く、強く、すべての存在を曖昧にする。景色すら曖昧になったその白い光のなかを、道が示すままに歩んでいく。

 入口と思わしき場所まで辿り着いた。

 そこには扉があるわけでも、敷居があるわけでも、建物があるわ

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