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最初の牛乳

 目が覚めたときにはすでに、それはわたしの手に握られていた。得体のしれない白い液体で満たされた、なんの変哲もないガラスのコップ。
 この、白い液体はなんだ? そもそも液体が白いだなんて、どうかしている。そんな技がなせるのは、白い水性絵具ぐらいじゃないか。これを飲めとわたしに言うのか?

「あら、起きたの? おはよう」
 知らない女が親しげに話しかけてきた。艶やかな黒髪に、つるんとした青白い頬。わずかに潤んだ瞳と、低く響く声はわたしを不安にさせるが、ある種の心地よさもあった。でも待てよ、女はいつからそこに居たのだろうか?
「ここは……どこですか?」
 そう言って、初めてわたしはまわりを見渡した。白いパジャマを着て、白いベッドに腰かけているわたしは、床も天井も、壁もサッシも照明も、それからベッドサイドのテーブルにいたるまで、すべてが白い世界に包まれていた。

「……! だからか!」
 このコップのなかに入っている液体は、白い世界を映し出したにすぎず、そもそもこれは透明の液体だったんだ。おかしいとは思っていたよ。白い液体を飲めだなんて、狂っているとしか思えないのだから。
「いいえ、違うわ」
 コップの中身を見つめるわたしに向かって、女は静かに言い放った。
「違う……?」
「あなたが手にしているものは、透明の、液体では、ない、ということ」
 女はわたしをバカにしているのだろうか? 大げさに抑揚をつけながら、一語一句はっきりと発音した。

「あなたは、あなた自身を信じられないの?」

 この女は、なにを言ってるんだろうか?

 困惑しているわたしを、女はじっと見つめている。その顔にはなんの感情もみてとれず、わたしはますます困惑する。
「……わたしはどうすればいい? これを飲めばいいの? それとも、あなたに向かって投げつけようか?」
「好きにすればいいわ」
「だいたい、ここはどこで、あなたは誰なの? それに、この液体はいったい何?!」
「その答えは、あなたのなかにあるはずよ」
「わたしのなかに?」

 そうは言っても、わたしはここに来る以前のことをまったく覚えていない。思い出そうとすると、頭の奥深くがズキズキと痛んで先へ進めない。その先へ、もう一歩先へ──。痛い。痛い。苦しい。苦しい。苦しい。クルシイ……!

「ずいぶん手こずったけれど、ようやくできたのね」
「ええ。人類が初めて口にする、牛の乳です」
「この牛はもういらないわ」
「かしこまりました」
 彼らの足元で、白い雌牛がうずくまっている。自分の身になにが起こっているのかわからないまま、女のほうを見続け、やがて男たちに引きずられていった。

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