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メモ なぜ中国はベトナム戦争に介入したのか?

1965年、中国は北ベトナムに戦闘支援部隊を派遣することを決定しました。当時、北ベトナムはソ連からも支援を受けていましたが、中国は北ベトナムと領域が隣接していたこともあり、より直接的な支援が可能な位置にありました。中国から軍事的支援があったことは、北ベトナムがアメリカ軍の爆撃に抵抗を続けることができた重要な要因でした。

Xiaobing Liが2020年に発表した『ジャングルの中の龍(The Dragon in the Jungle)』はベトナム戦争における中国軍の戦略構想とその実行について明らかにした研究業績であり、北ベトナムで活動した中国軍部隊の任務や能力を説明しています。ここでは、中国軍がベトナム戦争に介入した理由を中心にその研究成果を紹介してみましょう。

フランスの植民地支配から独立したベトナムでは、南北に異なる国家が形成されており、そのために対立が続いていました。南ベトナムを支援したアメリカ軍は、南ベトナムで勢力を拡大し、武装闘争を展開していた共産主義勢力を北ベトナムに対して軍事的な支援を与えていることを航空戦力で阻止しようとしました。1965年3月2日にアメリカ軍が開始したローリング・サンダー作戦では、北ベトナム領域の広い範囲に大規模な爆撃が加えられており、北ベトナム軍の装備や施設は大きな損害を出しました。

中国は4月8日から9日にかけて北ベトナムを軍事的に支援する必要があると判断し、防空部隊と工兵部隊を「義勇兵」として北ベトナムに派遣することを決定しました(Xiaobing 2020: 63)。中国軍の部隊が初めて北ベトナムの領域に鉄道で輸送されたのは1965年6月9日午後8時30分であり、7月1日には30,000名の態勢で活動するようになっていました(Ibid.: 63)。部隊の規模はその後も拡大を続け、1965年末まで16万名の態勢になりました(Ibid.: 64)。

北ベトナムに対する中国の支援は1964年に中国、北ベトナム、ラオスの共産党指導者がハノイで行った会議の合意に基づくものであり、決して場当たり的な対応ではありませんでした。この会議では、インドシナ半島に対するアメリカの侵攻に対抗することを目的とした軍事同盟が締結されており、アメリカが行動を起こせば、中国はそれに対抗することを約束していました(Ibid.: 65)。

毛沢東はアメリカ軍が地上部隊を送り込み、北ベトナムに侵攻するというシナリオを想定し、その場合には中国の南部国境に30万名から50万名の部隊を配備する必要が生じると考えていました(Ibid.: 66)。1962年以降、中国はソ連の政策を公然と批判するほど関係が悪化しており、北部国境の防衛を強化する必要が生じていたので、南部国境が脅かされる事態は中国にとって許容しがたいものでした(Ibid.: 66)。

それだけでなく、北ベトナムがソ連に接近しつつあったことも中国にとっては問題でした。1965年2月にソ連は北ベトナムと弾薬5万5,000トンを含む軍事物資14万8,500トンの援助を与え、4,000名の人員を派遣することを約束していました(Ibid.: 67-8)。東側陣営の内部でソ連の政治的影響力の拡大を抑制することを図るため、中国はソ連の援助した物資を中国の鉄道で輸送する合意を成立させています(Ibid.: 68)。中国は北ベトナムをソ連から引き離し、中国の支援を頼るように誘導する上で有利な立場を占めました(Ibid.: 69)。

したがって著者は中国が北ベトナムに部隊を送った理由は必ずしも西側との関係だけで説明できる性質のものではなく、東側との対立関係を考慮に入れる必要があるものだったと主張しています。これは1979年に中国がベトナムの北部に侵攻した中越戦争(1979)の原因を理解する上で重要な視点です。なぜなら、ベトナム戦争を通じて次第に北ベトナムの外交政策はソ連との関係を強化する方向に変わっていったためです。

「北ベトナムがソ連との協力を強化し続ける中、中国政府はますます距離をとるようになった。1969年以降も中国の北ベトナムに対する軍事支援、物資支援は続いていたが、その量は1969年をピークとして1970年以降に減少し始めた。中国と北ベトナムの公的宣伝において両国は「兄弟のような同志」という主張を用いていたが、その熱意はやがて消えていった。ソ連の影響力が増大するにつれて、北ベトナムに対する中国の影響力は減少していった。北ベトナムは、ニクソン大統領が訪問したことをきっかけとして、米中間の関係が顕著に改善したことを、中国の裏切りに等しいと考えたのである」

(Ibid.: 257)

著者はベトナム戦争に介入したことは中国軍の近代化の方向性にも影響を及ぼしたと論じています。北ベトナムが中国の軍事的支援に助けられたことだけでなく、中国軍がベトナム戦争から多くを学び、独自の教訓を引き出していったことは、現代中国の軍事思想の発展を理解する上で重要です。

参考文献

Xiaobing Li. (2020). The Dragon in the Jungle: The Chinese Army in the Vietnam War. Oxford University Press.


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