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冷戦期に対反乱戦略を編み出した『共産主義者の反乱を打倒する』(1966)の紹介

1945年に第二次世界大戦が終結すると、国家間で大規模な戦争が勃発する機会は減りましたが、それに代わって反乱の問題が注目を集めるようになりました。ロバート・トンプソン(Robert Grainger Ker Thompson, 1916-1992)は現在のマレーシアにおいてイギリス軍の対反乱作戦に幕僚として参加したイギリスの軍人であり、『共産主義者の反乱を打倒する(Defeating Communist Insurgency)』(1966)の第4章「対反乱の基本原則(Basic Principles of Counter-Insurgency)」では対反乱の原則をまとめています。

トンプソンの原則は彼自身の経験に依拠しているため、必ずしも常に妥当するものであるとは限りません。しかし、1960年代から1970年代にかけて英米圏で高い評価を受け、対反乱問題に関する軍事学の研究動向に影響を及ぼしました。

トンプソンは、対反乱では領土の獲得や敵に与えた損害よりも、住民の支持が重要であるという原則を掲げています。これは反乱軍が新兵の補充、糧食の調達、避難場所の確保、資金の調達などで現地の住民の協力に依存するためであり、住民を物理的、経済的に守ることが対反乱の成功に繋がると考えられているためです。

住民の支持を得るために、政府は魅力的な将来像を示し、何らかの利益を約束することが必要だともトンプソンは主張しています。具体的な内容としては、政治的に自治権を付与することから、経済的な開発の推進などが考えられます。それらが机上の空論だと思われないためにも、構想を具体化する事業を現地で目に見える形で実行に移す工夫も重要です。トンプソンは、汚職公務員を行政から排除し、インフラを整備し、公平な徴税を実施することが特に効果的であると考えていました。

このように、トンプソンの対反乱戦略では、武力の行使があまり重視されていません。トンプソンは武力行使を控えるべきという立場をとっており、反乱軍の挑発があったとしても、それに過剰な武力で対応すべきではないという原則も提案しています。もし無差別に火力を使用すれば、それは民衆の支持を低下させ、ひいては反乱軍の支持に繋がる恐れがあるとされています。あらゆる作戦行動において、住民の巻き添えが最小限になるように注意しなければなりません。

高性能な武器で敵を圧倒するよりも、大規模な地上部隊を展開し、集落の治安を維持する方が対反乱では効果的です。ただ、敵のゲリラが集中し、警察が通常の活動を続けられなくなった場合は、迅速に大規模な大隊を投入することが必要です。トンプソンは部隊の運用に関しては、可能な限り小単位部隊ごとに分かれて、それぞれが独立して戦術行動をとることを推奨しています。小単位部隊ごとでなければ、反乱軍のゲリラを機動的に捜索し、追跡することが難しいためです。

戦闘部隊とは別に特殊作戦部隊の隊員を現地住民や警察組織に入り込ませる重要性も指摘されています。特に現地住民の間に情報網を構成し、集落ごとに自衛部隊を組織させることの戦略的な意義は大きなものがあります。このためにも彼らの生活、言語、文化に精通していなければなりません。外国からの援助については、有効な場合と、そうでない場合があります。トンプソンは民主主義国の政治家は選挙で得票を最大化しようとする傾向があるので、対反乱において短期的に得られる戦果を追求しがちだと警告しています。著者は対反乱は長期戦になることを前もって覚悟しておき、時間をかけて敵を追いつめることが重要だとしています。

以上のトンプソンの議論は、1948年から1960年まで続いたマラヤ危機でイギリス軍が共産主義者の反乱を平定した経験に依拠している点に注意が必要です。彼は南ベトナムの要請に基づいてベトナム戦争に顧問として派遣されていますが、そこでは、さまざまな要因が重なり、十分な成果を出すことができませんでした。ただ、対反乱戦略で敵を撃破する以上に住民の支持を固めるべきだとした原則は、現代の議論にも受け継がれており、21世紀のアフガニスタンやイラクにおけるアメリカ軍の戦略が失敗した理由を理解する上で参考になるものだと思います。

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