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論文紹介 中国の対外政策は国内政治の副産物として形成される

1990年代以降、多くの研究者が中国の経済成長に関心を寄せ、その将来性を期待していました。論点の一つだったのは、アメリカが推進する自由主義的国際秩序に中国が同調し、政治的な民主化が進む可能性がどれほどあるのかという点であり、多くの研究者は前向きにその可能性を評価していました。このような論調が変化してきたのは2010年代以降であり、2020年代には習近平政権が権力集中の動きを顕著にしてきたことから、個人独裁のリスクが懸念されています。

次の論文は、中国の対外政策を理解する上で、これまで以上に中国の国内政治の傾向を考慮に入れることが重要であることを指摘しており、習近平政権の下で中国の対外政策がどのように変化してくるのかを考察しています。

  • Weiss, J., & Wallace, J. (2021). Domestic Politics, China's Rise, and the Future of the Liberal International Order. International Organization, 1-30. doi:10.1017/S002081832000048X

著者らの基本的な見解は、中国が選択する対外政策が外国の動きに対する反応というよりも、内政の副産物として理解できるというものです。中国の内部、特に中国共産党の状況を考慮に入れることが、対外政策の説明において一層重視される必要があります。

中国がイデオロギー上の理由から、個人の政治的自由、または企業の経済的自由を受け入れていないことはよく知られていることです。中国の政治体制は中国共産党が権力を独占する権威主義(authoritarianism)であり、国内の制度として各種の自由に厳しい制限が課されています。党は企業を指導する立場にあり、市場の統制も行われています。個人の政治的な自由にも厳しい制限が課されており、2020年に香港国家安全維持法を制定した際には、香港では抗議する市民を治安当局が取り締まり、社会不安が広がりました。

しかし、このような特性があるからといって、中国がアメリカの水深する自由主義的国際秩序、つまり民主主義と自由貿易を基盤とする国際秩序に対して必ずしも敵対的であるわけではありません。実際、これまでの中国の対外政策は長期にわたってアメリカとの対立を回避するものでした。著者らは、この理由は、中国共産党の内部において緩やかな権力の分立が成り立っており、特定の個人に対する権力の集中が徹底された全体主義(totalitarianism)に比べれば、政治的な不安定性が残されていたためだと説明しています。中国共産党の最高指導者は国内政治の制約を考慮に入れる必要があり、政策を決める過程で抑圧と懐柔を組み合わせる慎重さが求められてきました。このような抑制が最近になって弱体化してきています。

1970年に個人独裁を確立していた毛沢東が死去すると、中国共産党の指導部では世代の交代が起きました。毛沢東は、国家の統一性の確保を重視する観点で民族主義のイデオロギーを強調していましたが、新しい指導者として鄧小平が台頭すると、国民の生活の向上と直結する経済成長を促進することの重要性が強調されるようになっています。

経済的成功は中国共産党の支配を人民に対して正当化する上で重要な課題として位置づけられるようになり、改革開放と呼ばれる経済の自由化が推進されました。もちろん、この過程で民族主義の問題が軽視されるようになったわけではなく、特に台湾を統一するという目標は引き続き重要な対外政策の目標として残り続けてました。中国共産党としては、台湾の問題を国家の一体性を脅かす問題として捉えており、この問題を解決するために武力行使さえも辞するべきではないという考え方が根強いことが調査から明らかになっています。それは新疆ウイグル自治区やチベット自治区など別の地域の分離独立のリスクと結びつけて理解されています。

このような民族主義的な側面が残されていますが、1980年代以降の中国の指導者たちは、経済成長を推進することに重点を置いた政策を選択しており、そのためにアメリカとの関係を良好に保つことにも繋がってきました。しかし、この行動パターンが今後も無条件に続くはずだと想定すべきではないと著者らは主張しています。近年、中国は経済成長の水準を維持するために、新たな政策を実施しています。その一つが一帯一路という構想であり、これはアメリカの自由主義的国際秩序と性質が異なる別の国際制度を構築する取り組みです。中国がアメリカの自由主義的国際秩序のあり方に挑戦する可能性は高まっており、それは深刻な紛争を引き起こす可能性があります。

著者らは、そのような紛争がいかに深刻な事態をもたらすものであるかを認識しており、それを回避する方法を模索することを呼び掛けています。アメリカは外交的対応を慎重に選択するべきであり、自由主義的国際秩序のルールの一部を緩和することさえ選択肢の一つであると述べています。これは中国が国内の問題として位置づける香港の自治や少数民族の権利に関してアメリカが影響を及ぼすことについては、戦略的に避けた方がよいという議論です。

ただし、そのような外交的な対応が中国に対してどのように通用するのかという点については、この論文で議論されてはいません。これは研究者の間でも見解が分かれやすい論点でしょう。中国は台湾の問題を内政の問題として位置づけているため、この著者らの提案を受け入れるのであれば、アメリカは台湾の能力を向上させるような援助や支援を与えることは難しくなると思われます。

ただ、中国の対外政策が内向きの論理に従って選択される傾向にあると指摘したことは有意義だと思います。このような議論を出しているのは、著者らだけではありませんが、習近平体制の下で中国共産党の内部の政治構造が変化する現在の状況で、この視点の重要性は増しています。習近平の個人独裁が強化されるほど、中国の政策パターンはますます予測しずらいものになり、リスクをとることを恐れなくなると考えられます。

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