見出し画像

近い将来に米国と中国は戦うしか道はないのか? 『米中戦争前夜』の書評

中国の台頭が世界の情勢にどう影響するのかをめぐって、研究者はおよそ20年にわたる議論を続けてきました。特に中国が力をつけてから、アメリカに敵対してくるのか、それとも友好関係を望むのかをという争点に関してはさまざまな議論がありましたが、最近になって中国がアメリカに敵対する可能性が高いという見方が強まっています。

アメリカの政治学者グレアム・アリソンの著作『米中戦争前夜(Destinied for War: Can America and China Escape Thucydides's Trap)』(2017)の内容もそのような潮流の変化を表しています。アリソンは「歴史的パターン」として国家間の勢力関係が変化し、既存の大国に対して新興の大国が優位に立つ恐れが生じると、相互不信に陥り、最終的に戦争が勃発しやすいと考えています。最近の米中関係はこの「歴史的パターン」に陥っているというのが本書の基本的な主張として展開されています。

本書のアプローチは事例分析です。歴史上の大国間の戦争の事例を取り上げ、それらに共通する定性的な特徴があると想定し、それを基にして米中関係の将来像を予測しています。はじめに中国がどれほど勢力を拡大しているのかを概観し(第1章)、米中関係と類似性があると著者が認めた歴史上の大国間の外交関係の事例を記述し、「歴史的パターン」を探ります(第2章から第4章)。米中関係の分析が展開する中で、中国が野心的な国家であると主張していますが、読者にとって最も興味深いのは米中戦争のシナリオ分析が行われている第8章だと思います。

そこでは核戦争から海上における偶発的な軍事衝突に至るまでさまざまな烈度の有事が想定されています。著者は基本的にアメリカと中国が武力で争う事態は過去のパターンから見て避けたがたいと判断していますが、このような複数のシナリオを想定していることからも、全面戦争になると決めつけているわけではないことが分かります。米中間の危機管理のための提案も行っており(第9章)、最後には米中両国の政策決定者に向けて最悪の事態を回避するために慎重に選択肢を検討するように呼びかけてもいます(第10章)。この著作は中国語にも翻訳されているので、中国の政策決定者もその忠告を読んだかもしれません。

世間で注目を集めた著作ではありますが、研究者の間ではその議論の根拠に危うさがあると問題視されています。というのも、著者が見つけ出したとする「歴史的パターン」に曖昧さ、不明確さがあり、実証的な見地から見て説得力が乏しいためです。例えば著者は古代のアテナイとスパルタがギリシア半島の覇権をかけて争ったペロポネソス戦争が勃発した経緯が、現代のアメリカと中国の関係の将来を予測する上で参考になるはずだと信じているようですが、それは過度な一般化を行っている可能性が高いと思います。

当時のギリシア半島の国際関係が形成された範囲は現代の米中関係が展開されている範囲よりはるかに狭く、両国の戦争は地中海世界を超えて拡大することはありませんでした。現代のアメリカと中国の関係はアジアを超えて、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカ、オセアニアの国々も巻き込みながら展開されており、その複雑さは比べ物になりません。しかも米中関係それ自体に経済的な相互依存があり、貿易と投資の両面で深く結びついています。それだけでなく、中国は国内に政治的、経済的、社会的な脆弱さを抱えた孤立しやすい地域大国であり、当時のアテナイのように数多くの同盟国を従えていないことも指摘できます。

この著作にはインスピレーションを与えてくれる部分があることは確かです。ただ、近い将来に米中関係が悪化することが避けられないという著者の見通しが正しかったとしても、その分析の背後にある方法論の妥当性や分析の厳密さに疑問を感じる研究者が多いと思います。

関連記事




調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。