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論文紹介 米国は中国といかに向き合うべきなのか?

プリンストン大学のアーロン・フリードバーグ教授はアメリカの政策、戦略を専門とする研究者であり、『支配への競争:米中対立の構図とアジアの将来(A Contest for Supremacy: China, America and the Struggle for Mastery in Asia)』(2011)や、『アメリカの対中軍事戦略:エアシー・バトルの先にあるもの(Beyond air-sea battle : the debate over US military strategy in Asia)』(2014)などの業績が日本でも知られています。

彼は2018年に「中国と競合する(Competing with China)」と題する論考を『サバイバル』に寄せており、そこで米中対立の根本的な原因がイデオロギーの対立であると分析し、それゆえに両国が妥協することは非常に難しいが、中国の勢力が拡大することをバランシングで食い止める戦略はもはや実行困難になっていると論じています。

Friedberg, A. L. (2018). Competing with China. Survival, 60(3), 7-64. https://doi.org/10.1080/00396338.2018.1470755

フリードバーグはアメリカと中国の政治システムはまったく異質なものであると強調するところから議論を始めています。アメリカの政治システムは民主主義であり、そのシステムを正当化するための根拠として個人の自由を擁護する自由主義のイデオロギーが憲法と法令の中に盛り込まれています。しかし、中国の政治システムは中国共産党が権力を独占できるように最適化されており、党は個人に優越する地位にあります。

中国共産党が民衆の支持を集めるために持ち出しているのは戦闘的なナショナリズムであり、外国からの脅威を強調することによって支配体制の正統性を認めさせてきました。今の米中対立は中国の軍事的、経済的な台頭によって引き起こされているわけではなく、それぞれの政治システムが拠り所とする価値観に決定的な違いがあるために引き起こされていると理解しなければなりません。この視点が欠落していたからこそ、冷戦終結以後のアメリカによる中国に対する戦略は失敗したと考えられています。

1949年に中国共産党が現在の中国(中華人民共和国)を建国した直後からアメリカは中国と対立関係にありました。朝鮮戦争では両国の軍隊が交戦したこともあります。しかし、この対立関係は1960年代後半からの関与政策で変化し始めました。1989年の天安門事件の衝撃で動揺する時期はありましたが、1990年代からは経済的連携を通じて米中関係は急速に接近したのです。

アメリカの関与政策では、中国が既存の国際秩序を打倒するのではなく、それを保全することに関心を持つように仕向けることができると想定されていました。2001年の世界貿易機関に中国が加盟することをアメリカが助けたのも、国家主導の計画経済から市場経済へ移行し、最終的に中国政治が自由化に向かうことが期待されていたためでした。

しかし、2000年代以降に中国経済が成長するにつれて、中国共産党を中心とする抑圧的な政治体制は強化され、国際社会でも自己主張を強め、軍備の近代化を通じて地域における影響力を拡大しようとし始めました。フリードバーグは中国が自由化を阻止しつつ、経済成長を実現する中で、アメリカと西側諸国が関与政策を見直すのが大幅に遅れたことを指摘しています。

もちろん、当時の誰もが間違っていたわけではなく、一部の研究者や専門家は中国の権威主義、あるいは開発独裁の手法が頑強であると評価し、中国をアメリカを中心とする国際秩序の中で飼いならすことができると期待すべきではないと主張していました。しかし、それがアメリカ政府関係者の主流派に広く受け入れられることはなかったのです。

また、フリードバーグは2001年に始まったアフガニスタンにおけるテロとの戦いと、2003年に始まったイラク戦争はアメリカの軍事力を消耗させる「無駄な戦争」であったと論じています。中国が急激に成長する中でアメリカが中東で多くの兵力を拘束されていたこと、対反乱作戦、対テロ作戦を遂行するためにアメリカ軍の資源を投入せざるを得なかったことは中国軍の脅威に備える上で大きな損失でした

ブッシュ政権からオバマ政権に移行した後で、アメリカは戦略の重点を中東からアジアへ移そうとしましたが、2008年の金融危機の影響で経済的な打撃を受けたこと、国家財政を立て直す必要に迫られました。それに加えて中国に対する関与政策を支持する勢力は依然として影響力を持っていたことも中国に対する対応を遅らせた一因とされています。

2010年代に入ってから、アメリカでは中国に対する関与政策の見方が大きく変化しました。国内における反体制派、弁護士、外国メディアに対する抑圧、大規模な国民監視システムの整備、外国に対する政治的干渉、科学技術の移転を目論むサイバー諜報活動などの実態がアメリカで広く知られるようになったこと、そして習近平が従来の党の慣例を破り、個人支配を確立しつつあることもアメリカの対中認識を変化させたとフリードバーグは説明しています。

中国とアメリカの戦略的相互作用がどのように展開されてきたのかを踏まえた上で、今後はアメリカがより慎重に中国と向き合うべきであるとフリードバーグは提案しています。少なくとも関与政策だけに頼るべきではありません。ただ、対立を深めるだけの強硬なバランシングでも上手くいかないとも考えています。

アメリカは1940年代から1960年代にかけて、中国と一切の経済的関係を断ち、チベットにおける分離独立派を支援したことさえありました。フリードバーグはそのような極端な路線は現代では現実的ではなくなっており、国内においても、国外においても十分な支持が得られないとしています。結局、アメリカは中国と取引することは余儀なくされることは想定しなければなりません。

中国と外交的に取引するとしても、どこまで中国の要求を受け入れるべきかアメリカにとって悩ましい問題です。ユーラシア大陸で中国が優位に立つことを認め、周囲の海域においてはアメリカが優位に立つことを認めさせるような妥協的な戦略も決して適切とは言えません。結局、中国は中長期的になし崩し的に海洋進出を継続し、西太平洋に対して勢力を拡大する可能性が高く、そうすればアメリカの同盟国はアメリカに対する信頼を失ってしまうと予測されています。

取引の際に、中国からは台湾の安全保障を支援しないように求められることは過去の経緯から見ても間違いありませんが、アメリカが台湾の防衛について責任を放棄することは入れ難いものです。アメリカ軍の前方展開部隊の撤退、さらに同盟国との関係を解消することも中国が要求する事態が想定できるため、中国と取引して平和的に問題を解決しようとすると、東アジア地域の国際秩序を抜本的に変える事態に繋がってしまいます。

フリードバーグはこのようなリスクを管理するために苦しい提案を行っています。つまり、中国に対抗するバランシングが基本として必要であるが、過度に緊張を高めることを避けるために関与政策の要素を残すことを提案しているのです。少なくともアジア地域に限定すると中国が覇権を獲得することは不可避であるとフリードバーグは見ているため、これが辛うじて許容できる戦略となってきます。

これは同盟国にとって重い意味を持つことは明らかであり、フリードバーグ自身がインド、日本、韓国、オーストラリアなどは互いに連携を図りつつ、自主防衛の努力を拡大することで、アメリカの軍事力に対する依存度を減らす必要があるとも提言しています。

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