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論文紹介 日米豪印戦略対話(Quad)の戦略的な意義は何か?

日米豪印戦略対話(Quadrilateral Security Dialogue; Quad)は、日本、アメリカ、オーストラリア、インドで構成される外交の枠組みであり、2021年9月24日に初めてワシントンDCにて対面による首脳会議が開かれました。アジアで台頭する中国を封じ込めるための取り組みであると考えられており、研究者らはその戦略的な意義について議論を始めています。

Kliem, F. (2020). Why Quasi-Alliances Will Persist in the Indo-Pacific? The Fall and Rise of the Quad. Journal of Asian Security and International Affairs, 7(3), 271–304. https://doi.org/10.1177/2347797020962620

歴史的な観点から見れば、日本を含むアジア太平洋諸国は安全保障面でアメリカと緊密な関係を築く傾向にあったものの、ヨーロッパ諸国のような集団防衛のメカニズムを発展させ、制度化してきませんでした。そのため、2000年代に中国が軍事的、経済的に台頭してきたとき、どのような対応をとるべきか、どのように現状を維持するべきかに関して一致した見解が確立できず、それぞれが別々の仕方で中国に対応してきました。

著者は、このような状況が変化し始めていると考えており、その兆候として「自由で開かれたインド太平洋(Free and Open Indo-Pacific: FOIP)」構想を支持する国が増加していることを挙げています。これは、アジア太平洋からインド洋を経て中東・アフリカに至る地域で法の支配に基づく海洋秩序を実現しようとする構想です。この構想を最初に打ち出したのは日本であり、日米豪印戦略対話はこの構想を具体化するための枠組みとして理解することができます。2007年に一度は行き詰まりましたが、2017年に立て直されました。いったん潰えたかに見えた自由で開かれたインド太平洋構想が10年後に復活できた理由を説明するためには、政治学者ウォルトが定式化した脅威均衡理論(balance of threat theory)を適用すべきであると主張しています。つまり、2007年には中国が平和的に台頭するという見方がまだ根強かったものの、2017年までには中国を脅威と見なすようになったことで、日米豪印戦略対話を推進する必要性が認識されたとされています。

関係国の対中認識がこれほど変化した要因として、著者は2012年に中国共産党総書記に就任した習近平が、一帯一路構想をはじめとする対外政策を通じ、積極的に中国の影響力を世界規模へと拡大しようとし始めたことを挙げています。アメリカ政府はこの動きに警戒の目を向けており、特にシーレーンが通る南シナ海で前例がない方法によって人工島を建設し、独自に領域支配を主張することは、重大なリスクだと見ています。東シナ海で中国の海洋進出の影響に晒されている日本もアメリカと同じような対中認識を持っていますが、インドとオーストラリアが認識を共有するまでには若干の時間がかかりました。

これまでインドとオーストラリアはいずれも中国と正面から対立するような立場をとり、アメリカと中国の対立に巻き込まれることを避けようとしてきました。しかし、両国も習近平国家主席の指導の下で中国の勢力が急速に拡大したことを受けて、従来の姿勢を見直すようになりました。インドの安全保障において最大の脅威とされるパキスタンは一帯一路を通じて中国との経済的、戦略的な協力関係を強化していること、またインドは中国とヒマラヤ山脈における国境地帯で領土問題を抱えており、散発的に武力衝突も起きていることなどが対中認識の悪化に拍車をかけたと著者は説明しています。インドが南シナ海からインド洋に勢力を拡大することに警戒していることも指摘されています。

オーストラリアの対中認識が悪化するようになった理由として挙げられているのは、中国からオーストラリアに対して仕掛けられた大規模な政治工作の実態が広く報道されるようになったことであるとされています。スパイ活動だけでなく、オーストラリア国民に対する脅迫が行われたことや、中国人コミュニティの政治的な動員、政党や大学に対する資金の提供などが明るみに出るにつれて、オーストラリアは対中認識を更新し、より断固とした態度で封じ込めに動くようになりました。この動きにはオーストラリア軍の兵力を増強することも含まれていますが、オーストラリアがこのような国防政策を採用したのは第二次世界大戦が終結してから初めてのことになります。

著者は、日米豪印戦略対話が中国に対してバランシングを行うための同盟的な枠組みになるであろうと評価しています。今後は、東南アジア諸国と連携することも期待されています。ただし、日米豪印戦略対話の正規メンバーを広げることは、同盟の機能を損なう可能性もあるため、避けるべきであるとされています。例えば、ニュージーランドはオーストラリアとは異なり、中国との経済関係を依然として重視するため、外交関係で対立を避けようとしています。このような国を取り入れることは、同盟内部の結束を脅かす危険があり、一貫した対中戦略を実行することが難しくなるでしょう。

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