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経済的国政術とは何か? 台湾有事にどのように関係するのか?

経済的国政術(economic statecraft)とは、政治的目的を達成するために経済的手段を戦略的に運用する方法をいいます。国家安全保障上の目的を達成するために経済的手段を戦略的に運用することもありますが、その場合は経済安全保障(economic security)と呼ぶこともあります。ただ、経済的国政術の方が特定の目的に縛らない概念であるため、より広い意味を持つ上位概念として整理することができるでしょう。

現在、中国と台湾の関係が悪化しつつあることから、さまざまな分野で台湾有事の検討が進められていますが、経済的国政術がどのように使われる可能性があるのかを検討した研究も出てきています。

William J. Norris (2023) The Devil’s in the Differences: Ukraine and a Taiwan Contingency, The Washington Quarterly, 46:1, 137-151, DOI: 10.1080/0163660X.2023.2189343

著者は、経済的国政術の機能を保護(protect)、予防(prevent)、懲罰(punish)、促進(promote)に区分し、これらをまとめて4Pとまとめています。まず、保護は自国の産業の優位、例えば知財を保全する機能であり、次に予防は特定の経済活動の影響の成果を最小に留める機能であり、例えば輸出管理により他国の防衛産業基盤の近代化を防ぐことがこれに該当します。さらに、懲罰は相手に積極的に損失を与える機能であり、今のロシアへの経済制裁はその一例として挙げられます。最後の促進は自国や同盟国の経済を支援する機能であり、経済連携や財政援助がこれに含まれます。

つまり、経済的国政術はこれらの4種類の機能を状況に応じて組み合わせながら運用することですが、これは国際政治において自国の立場を他国に強制する現状変更のために適用することができます。中国が台湾に対して強制を図る場合、外交的手段や軍事的手段だけでなく、経済的国政術を織り交ぜてくることを著者は想定しています。アメリカは中国が軍事的手段で台湾に強制を強める場合、対抗措置を講じると予想していますが、エスカレーション管理に基づき、段階的な経済制裁の強化を実施するであろうとも予想しています。

ただ、台湾有事に特有の事情があるため、ロシアとウクライナの事例から起こり得る事態を類推することには限界があるとも著者は論じています。最も大きな違いは、アメリカと中国の経済的相互依存の強さであり、その強さはロシアの事例とは比較になりません。中国とアメリカは相互に活発に貿易を行っており、衝突が生じれば直ちに大きな経済的損失を被ることになります。そのため、中国はロシア以上にアメリカとの戦争を真剣に回避しようとするはずであり、アメリカも同様に考えるでしょう。その結果、武力の行使を相互に避けながら台湾の立場を操作する方法が模索される可能性が高く、経済的国政術はその駆け引きの中で重視されることが予想されます。

もちろん、中国が台湾に対する強制を確かなものにするため、限定的小規模な武力行使によって既成事実化を図る可能性は否定できません。すでに中国は南シナ海で既成事実化を実施し、成功体験を得てきた歴史があります。中国は一部の島嶼部を軍事的に実効支配し、海上施設を建設することで、周辺諸国の領域を一歩ずつ奪い取ってきました。アメリカは、こうした動きに強い警戒感を持っていますが、中国は経済的国政術を通じてシンガポール、マレーシア、インドネシアなど東南アジア諸国、太平洋島嶼国を味方につけて、アメリカの対中政策への協力を阻止しようとしています。ヨーロッパ諸国やカナダに対しても、台湾の問題に関与を強めてくることを防ぐ動きも見られます。有事が発生する前から、中国は経済的国政術を通じて他国の外交政策に影響を及ぼそうとしていることは、経済的国政術が台湾有事の発生前から研究対象とされる必要があることを示しています。

ウクライナとは異なり、台湾は工業生産の輸出が盛んであり、特に半導体の輸出が重要です。半導体は日用品の家電からコンピューターに至るまで幅広い製品を構成するため、台湾有事が発生して供給網が遮断されるようなことになれば、市場に大きな影響が生じるはずです。著者は、台湾有事が発生した場合、どのようにして代替品を見つけることが可能なのかを詳細に検討することが重要であり、アメリカ政府は、経済的国政術の4つの基本的機能に沿って省庁間の連携を見直すべきであると著者は主張しています。さらに、国家レベルだけでなく、企業レベルでも緊急対応計画の検討を進めるべきだとも警告しています。

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