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中国の戦略を軍事情勢と党内政治で説明する『積極防衛』(2019)の紹介

ロシアがウクライナに侵攻し、国際情勢が不透明感を増す中で、中国の戦略を理解することは、喫緊の課題であるといえます。さまざまな調査研究が行われていますが、中国の戦略に関する意思決定過程に関しては不明な点が少なくありません。

しかし、マサチューセッツ工科大学のテイラー・フレイヴェル(M. Taylor Fravel)教授は、詳細な定性的分析を通じて、軍事情勢の推移と、党内政治の動向が戦略の策定に重要な影響を及ぼしている可能性が高いことを明らかにしています。

Fravel, M. T. (2019). Active Defense: China's Military Strategy since 1949, Princeton University Press.

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1 軍事戦略の主要な変更を説明する
2 1949年以前の中国共産党の軍事戦略
3 1956年の戦略:「祖国を防衛する」
4 1964年の戦略:「敵を深く引き寄せる」
5 1980年の戦略:「積極防衛」
6 1993年の戦略:「ハイテク条件下における局地戦争」
7 1993年からの中国の軍事戦略:「情報化」
8 1964年からの中国の核戦略
9 結論

中国は装備品の調達や作戦行動に関する基本的な指針を、「戦略方針」として規定しています。戦略方針は中国軍のドクトリンを基礎づける文章であり、部隊の編制、調達装備の種類、作戦計画の方針、教育訓練の内容などが定められています。

第1章において、著者は中国の戦略方針が変化する程度が大きい場合と小さい場合があることを指摘しています。ここで述べられている「大きな変化」とは、中国の戦争遂行の方法を大きく見直すだけでなく、作戦要領となるドクトリンの改定、軍制改革の推進が同時に起きていることを意味します。中国軍の歴史では、1956年、1980年、1993年に3度発生していることが確認できます。

これらの時期以外にも、中国が戦略方針を変更することはありましたが、著者はそれらの効果はどれも限定的であり、「小さな変化」だったと述べています。具体的には1960年、1977年、1998年、2004年、2014年の戦略方針の変更が該当します。中国の戦略方針に「大きな変化」が発生する固有の条件として著者が見出しているのは、(1)軍事情勢の変化という外発的な要因と、(2)中国共産党における統一性の強化という内発的な要因の二つです。これら二つの要因が重なると、中国の戦略方針に「大きな変化」が生じるというのが著者の説明です。

第2章以降の議論では、この説明の妥当性が事例に基づいて検証されています。第3章では1956年の「大きな変化」の事例が取り上げられており、軍事情勢の変化と、党内における最高指導者の権威の強化という二つの要因が重なって発生していることが示されました。1950年に発生した朝鮮戦争を通じて、中国軍はアメリカ軍と組織的な戦闘が可能な態勢を整える必要性を認識するようになり、改革が急がれました。

また、党内においては毛沢東が絶大な影響力を持っており、彼が軍制改革を主導することができたので、「大きな変化」が起こる条件は満たされていたと考えられます。この1956年の戦略方針の見直しによって、中国軍は内乱を遂行する革命軍から、対外的な戦争を遂行する正規軍に移行しました。

第5章では、1980年の鄧小平が推進した「大きな変化」が分析されています。この時期に脅威と認識されていたのはソ連軍でした。アメリカとの関係は1971年に始まった米中国交正常化によって改善されていました。軍事的に注目すべき動きとして、1970年代に中国軍の軍事科学院が対機甲戦の調査研究を進めたことが挙げられています。

1973年に勃発した第四次中東戦争の現地調査で中国は対戦車ミサイル、地対空ミサイルの性能や運用に関する評価を行っており、ソ連軍の機甲部隊に対抗する方法が模索されました。当時、中国では鄧小平が強い指導力を持っており、党中央の政治が安定していたことも、対ソ戦を意識した戦略方針の改定を可能にしたと考えられています。

第6章で3つ目の「大きな変化」の事例である1993年の戦略方針の変更が取り上げられていますが、そこでは1990年に勃発した湾岸戦争が軍事情勢の大きな変化として位置づけられています。中国軍はアメリカ軍の情報通信技術を駆使した最新鋭の装備の性能に衝撃を受け、劉華清などが主導する形で「ハイテク条件下における局地戦争」に適応するための戦略方針が策定されました。

この時期にリーダーシップを発揮したのも鄧小平であり、彼は中国軍の余剰な人員を削減し、装備の近代化を進める大胆な改革を推進しました。著者の見解では、この改革が2004年、2014年の戦略方針の基礎として引き継がれており、その活動領域を海上に拡大させる契機となりました。

結論で、著者は中国の戦略を理解する上で党内の政治がどこまで安定しているのか、つまり指導者がどこまでリーダーシップを発揮できる状態にあるのかが重要であるという見方を示しています。ちなみに、現在の最高指導者である習近平は、戦争に準備し、勝利することを繰り返し軍部に求めていますが、著者はこのような主張が繰り返されていることは、中国軍の能力に欠陥があるという認識の裏返しではないかとも指摘しています。

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