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過去改変

皆さんは過去の事象を仮に変えれるとするならば、何をどうしたいですか?今日は過去改変というテーマですが僕が悩んだ末、出した結論は変えないでした。持論として、過去を改変できるとすれば、僕らが直面している現在が変わってしまうと考えるからである。過去を変えることができても、それは都合よく、同じ世界の過去として、僕らには認識されない気がする。仮に、僕が高校野球児だったとしよう。僕は努力を重ねたが甲子園に行けず、当然、全国制覇を成し遂げられなかった。そして僕は大学に進み、新卒サラリーマンとして会社に入った。23歳だと設定しよう。23歳の僕が18歳の自分を甲子園で優勝させるよう施すならばそこから歩む道は新卒サラリーマンとして入社するものとは必ず異なっていると思う。SFチックにいうなら、別の世界線を歩み始めるからだ。多分、甲子園で優勝したならば、高学歴かプロ志望かの選択肢が僕には与えられていただろう。だから過去を都合よく変えようとすれば、当然、別の未来が待っているはずだと言いたい。一見、当たり前の論理だが。人間はよく「あの時なんとかしてたら」や
「もしもっと勉強していたら」などという、戯言をはく。だが、彼らが言うことは実に論理的に、過去は変えられないが、方法や努力次第で今からの未来は変えることができると暗示しているが言っている張本人たちはそれに気づいていない気がする。過去を憐れむものや悔しむものは大勢いるが、今現在コンマ何秒からさまざまな蓄積を変え、想定しているシナリオ以上の結末に辿り着けると信じている。だから努力はばかにできない。


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