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【稲葉浩志が教えてくれた、どん底の敗北から抜け出す方法について】〜anan表紙記念記事〜

勝利へのゴールデンロードを頭の中で描き切ったなら、あとはひたすら愚直に進むだけ。だが、遥かなる勝利を疑わないこの生真面目さは、ときに凄惨な光景を生むこととなる。

〜第一の敗北〜

小学校六年生の頃、自分を取り囲むこわい大人たちによって『合格』という夢を植え付けられた。
「前の席の人を蹴落としなさい」
「太ももに鉛筆を刺して眠気を覚ませ」
今から思えばあれは狂育だったのだろう。
感情がすり替えられたことに気付かないまま、全ての娯楽を捨て勉強に打ち込んだ。
ゲロを吐きながら、腹を下しながら、それでもきゅっとハチマキをしめた。
学校には行かず塾へ通い、散々怒鳴られながら志望校を目指した。
合格すればきっと幸せになれる、そう信じて突き進んできた。
だからこそ、その努力が一切報われなかったとわかった瞬間には、大人たちのばつの悪そうな顔に囲まれて大泣きした。

じんじんと響く拳の痛み。
壁についた、カスみたいな血痕。

のぼれないほど高い壁があるという現実を知った俺は、人生で初めて心に大きな傷を負ったのだった。

〜第二の敗北〜

「この模試結果ならたぶんいけるよ」
優しい大人たちが与えてくれた肯定的な言葉は、中学生の自尊心を充分に満たした。

親や先生に言われたのではなく、自分で決めた学校だった。ゆえに気持ちの昂りは三年前とは比べ物にならないほどだった。
『次は負けない』
プリントの裏に書いた決意が、今こそ形となって現れる瞬間である。
周囲の期待は高く、絶対に失敗できなかった。

結果は、不合格。
内申点という障壁にすべてをぶち壊されたらしかった。
中間や期末考査で、教科書を読んでいない人間にはわからない問題(学力ではなくただの暗記)をほとんど正解できなかったくらいでなぜこれほどまで評価を下げられてしまうのか。
素行が悪かったわけでもないし、むしろきちんと図書委員長の役割を務めてさえいたのに。
まぁ、教室の窓ガラスをグーパンで割ったのは悪かったと思っている。
だけど、あれだって元を辿れば俺のせいじゃない。中身を取られた筆箱を校庭に投げられたり、「陰キャラ」とか「ゴミ」とか「きもい」とか言ってきたあいつらに仕返しをしようとした結果だったんだ。
もちろんそんなバックグラウンド、誰も覚えちゃいないだろうけど。

こうしてあっけなく二月の敗者となった俺は、中学受験失敗に加え、高校受験失敗という新たな敗北の記録を作ってしまった。

どうせ誰も認めてくれない。
もう自分のことも信じられない。
っていうかどこかへ消えてしまいたい。

卑屈を覚えた心は、終わりかけの思春期を黒く塗りたくる。歪んだ景色に爪を立てても、もちろん何も変わらなかった。

毒がゆるく回るように
気分が重くなる
信号を待ってたらこの街が
檻に見えたよ
逃げたいと思うけど どこに行けばいいの
戻れない 道はいずってる
誰かも 同じように cry
のぼれない 高い壁がある
ゆるいショック この身をひきさく
ちっぽけな自分を知ったなら 
腹くくって Fight

〜第三の敗北〜

高校二年生の春、大きな夢を持ってしまった。
『鴨川ホルモー』の影響により、なにがなんでも進学したい大学が生まれてしまったのである。
己の学力からして、理想への道程は大変きつく険しいと言わざるを得ない。
しかしそれさえ手に入れてしまえば、過去の失敗など全部チャラにできるのも事実。
その大学で素敵な黒髪の乙女と恋に落ち、愉快な仲間たちと鴨川デルタでどんちゃん騒ぎしてやれば完璧である。
渇望はまたひとつ、無謀な挑戦へと足を進ませる。

しかしそう簡単にトラウマは拭えない。
塾の小テストなんかで85点を取っても心は晴れなかった。アホみたいな✌サインを作って陽キャを気取ってみても、絶望の掲示板は脳裏から姿を消すことはない。
また、俺が落ちた高校の生徒を見かけるたび、一気に気分が落ちた。
彼らの生息地が塾から比較的から近かったため、毎日のように劣等感に苛まれていた。

暗い気持ちで辿る帰路、同じ古典クラスの英語ペラペラICU男子が「ばいばーい」と俺を追い抜いていった。
そのあとに続くようにして、純情をくすぐる甘い香りがふわっと通り過ぎていく。
制服のスカートをひらつかせた彼女は、彼の横にぴったりとくっつき指をからめた。

それは、俺が繋ぎたかった手だった。
頭が砕け散りそうになりながら、何度も顔を上げて確認する。
間違いなく、あのシーブリーズまみれの手に抱かれているのは彼女の手だった。

新たな敗北を味わった俺は、家に帰ると、ベッドのシーツを母にバレない程度に引きちぎった。


いつなんどきどんな相手とも
戦うなんて
言ってみたいよ 1度くらい
きみも思うでしょ
ここから出たいなら ここで戦えよ
ムリじゃない そりゃ楽でもない
誰のせい 医者に聞いてよ
手に負えん そんな言わないで
このまま 闇につぶされんの?
ひとりだけどひとりじゃない 
檻の中で Fight

話しかけないで 先に行ってておくれ
そんな簡単じゃない 
でもいつか追いつけるよ

人の幸せなど本当はこれっぽちも祝いたくなかった。絞り出すような自らの拍手の音が嫌だった。
「ありがとう!成生もがんばれよ!」
青い葉っぱも色づく秋。推薦合格を果たして浮かれ切った友人たちの声援が、グサグサと胸を刺す。

(俺は推薦なんかで合格を掴み取らねえから)

本音を隠して礼を言い、彼らに背を向けてボロボロになった英単語帳を開く。
戦いは、二月まで終わらない。

俺は何としてでも一般入試で合格しなければならなかった。
かつてと同じ戦場で勝利しない限り、不合格の檻から永久に開放されない気がしたからである。
ここで負けてしまったら、また敗北のトラウマが続いてしまう。またあの苦しみを味合わなければならなくなる。

・・・どうしても、勝ちたい!
・・・どうしても、今まで戦ってきたやり方で勝ちたい!
どん底メンタルで生き続けるのはもうやめたいのだ!
いつか出会う黒髪の乙女も、
いつか手に入れるはずの巨大な富も名誉も、
絶対に夢物語で終わらせてはいけないのだ!
無理だよ、と思っていたこの壁を、
今度こそのぼってみたいのだ!

ムリじゃない そりゃ楽でもない
誰のせい 医者に聞いてよ
手に負えん そんな言わないで
このまま 闇を飲み込め
死ぬほど 泣き叫んだら
ほんのチョット 予定を変えてみる
ひとりだけどひとりじゃない 
檻の中で Fight

稲葉さんは教えてくれた。
敗北感から抜け出すためには、自身が囚われている世界の中で明確な勝利を掴み取らなければならないと。
立ちふさがる多くの過去から目をそらさずに、精一杯挑み続けろと。
決して無理じゃない。
無論、決して楽ではない。
鍛錬を重ね、傷を負い、それを何度も繰り返して少しずつ力をつけていく。
諦めちゃいけない、闇に飲み込まれてしまってはいけない。むしろ闇を飲み込み返すほどの強靭さを持て。
自分の限界を越えて戦う、それができる者こそが勝者の仲間入りを果たすことができるのだと。

〜第一の勝利〜

三月。念願の快感にどっぷりと浸かった俺は、意気揚々と二十三時の新宿駅を出発した。
高校の同級生が窓の外から手を振っている。俺は満面の笑みとほんの少しの涙で感謝を伝えた。
さよならを告げるのは故郷の人々だけではない。ずっと心を脅かしてきた敗北の二文字も同様だった。

夜行バスの揺れに合わせて、イヤホンのコードがほのかに揺れる。
新たな門出を祝ってくれる歌声は心地よく胸に響き、輝かしい未来を映し出した。
「やってやるぜ!!!」
自信に満ちた蒼い目を光らせる。
実はまだ失恋の檻から逃れられていないことを、そのときの俺は知る由もない。

『CAGE FIGHT』
作詞・作曲:稲葉浩志

毒がゆるく回るように
気分が重くなる
信号を待ってたらこの街が檻に見えたよ
逃げたいと思うけど どこに行けばいいの
戻れない 道はいずってる
誰かも 同じように cry
のぼれない 高い壁がある
ゆるいショック この身をひきさく
ちっぽけな自分を知ったなら 
腹くくって Fight

いつなんどきどんな相手とも戦うなんて
言ってみたいよ 1度くらい
きみも思うでしょ
ここから出たいなら ここで戦えよ
ムリじゃない そりゃ楽でもない
誰のせい 医者に聞いてよ
手に負えん そんな言わないで
このまま 闇につぶされんの?
ひとりだけどひとりじゃない 
檻の中で Fight

話しかけないで 先に行ってておくれ
そんな簡単じゃない 
でもいつか追いつけるよ

ムリじゃない そりゃ楽でもない
誰のせい 医者に聞いてよ
手に負えん そんな言わないで
このまま 闇を飲み込め
死ぬほど 泣き叫んだら
ほんのチョット 予定を変えてみる
ひとりだけどひとりじゃない 
檻の中で Fight

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