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(9)謎の政策集団、社会党(2024.1改)

「豊富な水産資源を抱えた豊かな海であるのが、良く分かりました。
世界3大漁場の一つと形容されているのも、頷けます。港を散策していて足りないものが一つ気が付きました。石巻、女川、気仙沼といった南三陸の全ての漁港の水揚げ量を足しても、日本の漁港のトップ3にも及ばないという事実に首を傾げてしまったのです。
3大漁場という立地、日本一の牡蠣養殖量を誇りながら、水揚げし出荷する水産物を自然と抑制してしまっている。南三陸は極めて限られた流通網と取引先をお持ちのようです。サンマが不漁となり、広く遍く出荷する機会を失った、という面もあるのでしょう。
確かにライバルでもある隣県福島・岩手にも名だたる漁港がありますので、簡単にはいかなかないのでしょうが・・」

突然始まったプレゼンテーションに、3市の市長と市役所の幹部たちが引きずり込まれてゆく。ホワイトハウスで最も歓待された日本人という噂話が噂では無く、やはり力量があるからなのだと聴衆が認めたのは、プレゼンを終えた後だった。「富山県知事のブレーン」「社会党の事実上の党首」「東京都議会の新たなドン」と、いくつもの形容詞で呼ばれている理由を、南三陸の人々は計らずも理解する。
一介の都議でしかない男の発言に誰もが魅了され、もっと話をして欲しいと求めていた。

気仙沼市長の寸又貞治にとっては、他市の市長がモリにすっかり迎合しているのが、面白くなかった。
地元から選出している元防衛大臣からは、事前に釘を刺されていた。

「政権を裏で支えている一人なので敬意は多少は表せども、それと同時に、与党にとって最大の天敵であるのも事実だ。利用できるものは利用すればいいが、決して丸め込まれるな」と。
しかし、現場では早々に丸め込まれてしまい、モリの独壇場になってしまっている。
石巻も東松島も、そして我が気仙沼の市役所の連中は、モリを囲んで歓談中だ。
南三陸のリアス式海岸で海上ソーラー発電と養殖をセットにして拡充して、地域の電力料金を下げ、環境基準を120%満たす工場を誘致しようと説いてから、プルシアンブルー社としてモバイルPC工場とカーナビ工場を春までに建設、操業させ、夏はカツオ、冬の牡蠣は自社のスーパーで買取る。共に日本3位の高知のカツオ、岡山の牡蠣では足りないと明言されて、靡かない方がおかしいのかもしれない。

「海産物資源で観光客を誘致して地域の経済を活性化させるという発想は、決して間違いではありませんが、日本の沿岸部の都市や街が全て同じ路線を歩んでいるので、競争を煽る状況になっています。そもそも人口減少が懸念されているので、早晩、海産物の需要も観光客も伸び悩むでしょう。少ないパイを岩手や福島・茨城と奪い合うのですから自然とそうなります。相応の集客力を誇るコンテンツ作りを各地が思考を凝らせて、国や行政が投資をして居ますが、結局は周辺県と大なり小なりで、図抜けた地域はありません。実際あまり変わらないと思うのですが、いかがでしょうか?」

各役所の観光振興課の方針や、観光を司る国土交通省、第三次産業を推奨する農林水産省が全否定されているのに、職員達は大きく頷いている。
そして、役所の職員一人一人と一頻り話を交わすと、来月に企業の視察団がやって来ると約束して、皆から惜しまれるように去っていった。
まるで抱かれていた女が余韻を味わい、名残り惜しむように男を見送るかのような、スパイ映画に出て来る間男のような存在感をひけらかしていった・・。
敗北感に打ち拉がれながらも、その他大勢と同様に籠絡されてしまった気仙沼市長は、時代の寵児となった男の背中を、ただ見送った。

予定の定刻が過ぎてから宴会場を辞したのを見届けて、一足先に駐車場に移動した阿東喜代美と塩屋 由衣は互いが高揚した顔をしているのを誂いながら、ワンボックスカーに乗り込んでモリの到着を待った。

「宜しくお願いします」スライドドアを開けながら言って座席に座ると、誰か・・対話の相手は、米軍横田基地に居るゴードンだが・・に連絡を取り、PCを立ち上げると20時半からの会議に参加し始めた。


チャーター機に紛れて飛行した小型機5機は、韓国内のソウルに近い平沢にある米軍基地に着陸し、小型バギー3機は平壌東部の寧辺近郊にパラシュート投下され、自堀りした地中に隠れ、待機モードに転じた。衛星に発信する0時12時の2回のみサブバッテリーが起動して、システム上の問題の有無を知らせる。

寧辺には核開発施設があると言われているが、その核施設までの道のりを無人バギー機が深夜に走行して道のりや舗装状態を確認するためだった。

バギーとの通信手段は米軍の通信衛星、偵察監視衛星を利用しており、共に故障個所は見つかっていない。大統領選の結果が出た後、施行される作戦の前段階、最後の事前調査に入っている。

富山空港からチャーター機が飛ぶに当たり、空港内に報道規制を掛けた。態々ターミナルビルから死角となる滑走路を使って機を離陸させ、北朝鮮・平壌に向けて飛び立たせた。
マスコミの目にチャーター機を一切晒さなかった理由は、同機に続いて全長2m50cmの無人小型機5機が飛び立つのを隠す為と、B777に取り付けた突起物をメディアに晒さない為だった。
チャーター機本体の下部、両翼の下部には流線型のボックスが付けられており、5機の小型機と共に、マスコミの取材から隠す必要があった。

チャーター機にはプルシアンブルー社のエンジニア達も乗り込んでおり、自動離発着するAI小型機の状況を航空機後席の窓から眺めて、5機の機体と5人のエンジニアがPCでチャットをして状態の確認をしていた。
チャーター機自体は失速しない最低速度で日本海上をゆっくりと飛び、北朝鮮・中国・韓国のレーダーに反応しないよう、チャーター機の下部に小型機の一機、両翼と両尾翼の真後ろに2機づつがスリップストリーム状態で張り付き、燃料をセーブしながら朝鮮半島を目指した。レーダーにはB777一機しか映っていない筈だ。

チャーター機の飛行状況を朝鮮半島上空にいる米軍の衛星が捉えると、富山上空に先週まで静止していた通信衛星が無人小型機と繋がり、衛星経由で機内にいるエンジニア達と意思疎のやり取りを始めた。
韓国の領空領海に入ると、小型機5機は一つの編隊となって海面まで下降し少なくとも北朝鮮のレーダーには映らないまま朝鮮半島に上陸する。
韓国と中国のレーダーには「護衛機が伴走していたのか?」と勘ぐっただろう。B777と別れた一機の機影が、平沢空軍基地に一直線に向かったからだ。

市長や市役所の職員たちを手玉に取って見せた後、後部座席でPCを見ながら英語で会話しているモリの姿に、阿東喜代美も塩屋由衣も驚いていた。
PCの画面にはワンボックスカーに盗聴器の類が付いていないと表示されていたし、日中の日本国籍となったニュージーランド出身の酒蔵の杜氏見習いの女性との会話を2人が理解していないのも確認済だった。女性が態々日本語で要訳したからだ。

阿東と塩屋は事前に由紀子から聞いてはいたが、これほどまでとは思っていなかった。
興味本位で臨んでみたら、どっぷり沼地に入り込んでしまった格好となった。終日2人で居て、麻薬ってこういう感じなのかもしれないと笑い合っていた。実際、短時間で4人を手懐けてしまうと、交互に結合を繰り返し、明け方まで翻弄され続けた。永遠に続いて欲しいという内なる欲求に支配されたまま、盲目に身を委ね続ける。果てしなく続く一連の動きを各自が受け入れ、異能の存在に感謝していたかもしれない。
「今までの睦事は何だったのか?」と由紀子を除く3人は暫く語り合った。
「娘たちは夫を振り返る事が無くなった。勿論、私も」ふと呟いた由紀子の言葉に同意しながら性技に溺れ、我を忘れたまま寝付いたのが明け方だった。            
寝不足のはずのモリは、昼食後1時間程車中で午睡を取った以降は疲れた表情を一切見せず、紹介する人物に会い、言葉巧みに相手を魅了し、次の予定を取り付けていった。
貝原の実家でもある気仙沼大島の温泉旅館に到着した際には、ネット会議らしきものも終わって居た。彼女たちはモリが教師になる前はアメリカで仕事をして居たと、後で由紀子から知らされる。

旅館のロビーでは元女将の貝原 凪と由紀子が和服姿でモリを出迎え、5人で部屋へ移動し酒宴が始まった。
暫くすると、昨夜同様に由紀子が主導してモリに甘え始めると、徐々に場が乱れ始める。2度目なので昨夜以上にエスカレートし、阿東喜代美、塩屋由衣と貝原 凪は、とんでもない男だと実感する。何度も頂に導かれ溺れている内に精魂尽き果て、若干冷静になった頭で改めて思うのだった。「源家が3世代に渡って彼の世話を求めるのは至極当然の話で、自分もこのまま相乗りしてしまおう」 と。             
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医師団のチーフとして平壌空港に向かい、とんぼ返りで富山空港に帰り富山大附属病院まで被害者4名を収容した村井副知事と知事が自宅に帰ってくると、宴会が始まった。
娘の幸と彩乃は副知事の隣にピタリと貼り付く。「お願いだから、1杯だけ飲ませて」と土下座する妊婦の幸乃を皆が赦した。時代の目撃者としての役割を果たしたのだから、お腹の赤子には許して貰おう。

「先生とお母さんの子だもん、許してくれるよ。ね、美味しいよね?」と母の腹を彩乃がさすりながら言うので、姉の幸が「メデタイ席だ。チミも一口飲んで見給え」と彩乃にグラスを渡したのだが、梅干しを食べたような顔を彩乃がするので一同が爆笑する。
「うへえ。前言撤回。こんなの赤ちゃんが可哀想だよ。もう飲んじゃダメ!」と母親がチビチビ飲んでいたグラスを取り上げてしまい。幸乃が涙目になる一幕があった。

横浜から来た新顔の高校生は「これが参加の条件なのか?」と悟る。彩乃の「先生との赤ちゃん」発言に、自分達の母親にも可能性があるかもしれないし、我が家がこの輪の中に加わる可能性もあるのだと期待する。

終始ご機嫌の知事は、自身の次男と孫2人が、金沢のクラブチームの下部組織に入団が決まったと聞いて、更にはしゃいでいた。明日から年明けまで練習の日々となるので、3人は五箇山から金沢へ通う。本体のJ2クラブの来年の選手やコーチ陣が定まっていないので、1月中旬までグラウンドや室内練習場を優先的に使えるからだ。
蛍が東南アジアへ行っている間は、幸乃副知事の妹の志乃が3人をクラブまで運んでくれるという。

「夏頃には、歩と海斗はホームゲームでJ2デビューもあり得る」と長男の火垂が言うと、祖母もその気になる。金沢、新潟以外での連休や夏休みを除く試合は、高校生なので同行するのが難しいだろうとも言う。

「もし、Jリーガーになったら、進学はしないのかな?」

「大学は行くよ。俺もオーストラリアに留学したいな・・」
歩が言うと、海斗も手を上げ、それを見た末っ子の圭吾もオズオズと手を上げる。

「私達も留学しよっか?」中学生のあゆみが彩乃に言って、2人が頷いている様を見て、新顔の高校生4人は思い悩み始める。留学という新たな選択肢を思い描き始めるのだった。

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チャーター機が富山空港に到着した際、報道は規制されずターミナルに接岸された機体から、サングラスとマスク姿の4名が村井副知事をヘッドとする医師団に引率されて出てきた時には拍手と「おかえりなさい」という声で出迎え、そのまま病院へ向かった。 

家族との面会は明日を予定していると平壌から帯同してきた、前田外相が会見で明かした。
「4人のご家族を北朝鮮に残したままの帰国です。メディアの皆さんには報道する上で細心の注意を払っていただけますよう、心よりお願い申し上げます」と言って頭を下げた。 

4人の家族が”人質”として囚われている状況にある。2002年の拉致被害者開放時と同じで、北朝鮮にすれば開放者が不都合な話を漏らさないように、発言しないように暗黙の圧力を加えている、と見られている。
また、午前中の会見で知事も発言していたが、東京を回避した理由が、都内の病院がコロナ患者を抱えているので、医師や看護に余裕が無いのと、ケアに費やす環境、観光産業が回復していないからだ。
富山大学病院で暫く検査で滞在した後は、県内の温泉地で被害者の家族と共に逗留し、失った時間の穴を少しずつ埋めてゆく。

越山厚労大臣と阪本総務大臣が前回2002年の被害者開放後の手順を非難して、医療関係者で最良のケアプランを立案した。2002年は政治家の売名行為とアピール以外の何者でもなかった。見世物のようにタラップから降りて来るのは過剰演出だし、被害者と被害者家族のケアをする上で都内での環境はあり得ないと判断した。
そもそもスパイ天国・パパラッチ大国の中枢、東京だ。与党も酷いが取材するメディアを加熱させてワイドショー用の材料を提供し続けたので、被害者のケアにとってはマイナスとなった。
その点、富山県警のスパイ容疑者の検挙率は世界の主要都市以上の実績を上げており、病院と温泉地のセキュリティは国賓待遇のレベルを用意できる。

政権与党議員の口の軽さ、失言多発のレベルの低さもセキュリティ上の大問題で、汎ゆる点から勘案して、セキュリティに劣り、インテリジェンスガバナンス的には3流の都内での逗留は好ましくないと判断された。

閣議決定を経ずに首相の了承だけ得て、作戦は実施された。社会党にとっては拉致被害者開放は手段の一つでしかなく ゴールでもなかったのだが、その旨は首相にも臥せられていた。

(13章につづく)


 

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