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(9) それぞれの決意と想い(2023.12改)

同期の4名が転職手続きを終えて台北入りした。
「遊びに来い」「飲み明かそう」といった各自の乱筆のコメントが寄せられた封の中に、台湾のエヴァ航空のハノイー台北の往復チケットが入っていた。

「この位の金は持ってるんだがな・・」
社長兼ベトナム代表室に据えられた質素な机に航空券をしまうと、有賀侑斗は立ち上がり窓の外を眺め始める。
眼下のランナバウトを見るのが有賀の息抜き時の習慣になっている。
ロータリー形状の交差点内を周回しているバイクや車両を見ると、自社で生産を始めたバイクやドイツ大衆車のタクシーを多く見掛ける。あっという間に増えたなと思いながら、どうしても笑ってしまう。
あの日からまだ3ヶ月しか経っていないのだが、ベトナムで社長をやっている。
ベトナム中のバイクのシェアを塗り替えつつあり、伝説と言われ始めている中古車を改造しつづけている。おまけに今度は家電製造だ。
まさに青天の霹靂から始まった、激動の3ヶ月だった。
同期の4名は台北入りしたが、他の同期達はコロナが明けてから、もしくは事業開始を待っている。国際線が飛び交う日は何時になるのか、まだ検討もつかないのだが・・。

都議になったモリを祝う席を都内で催した、あの日。 集まった同期13名に対して「君たちを雇い入れたい」と、モリは突然言い出した。
日程が合わずに会合に参加できなかった11名にも声を掛けているというので驚いた。

集まった開発部門の同期達の中で企業本体の所属は数名だけで、大多数の同期達の所属は事業売却されたり、子会社に事業移管などして、資本関係も薄れてしまっている。
総合電機メーカーという看板に大いに疑義ある状況であっても同期の絆を紡いで来れた。それもある意味では奇跡なのかもしれない。中には「俺たちは、こうゆう運命だったんだよ」と感涙している者もいた。

モリは一人一人の現在の研究対象を踏まえた上で、社内でポストを用意して個々に打診してきた。
「お前の夢を支援させてくれないか」と言って、開発設計者達の心を揺さぶっていった。
AIが書いた技術資料と設計書が入ったUSBが一人一人に用意されており、手渡された。
全員が技術部門の課長職である主任技師以上のポジションに付いているが、日本企業では考えられない年俸を提示して来た。中国、韓国のメーカーに転職していった連中よりも、多いと思う。
「ある程度事業のメドがついたら、欲しい人材をリストに纏めて教えて欲しい。何人でも構わない、必要ならば何人だろうと迎え入れる。君たちはそれぞれが店主となる事業部長だ。君たちの為の組織でもある、遠慮なく申請してくれ」
と、人事権まで与えてくれた。

プルシアンブルー社が世間で注目され始めていた頃だ。
株式公開前の自社株も分配されると聞いて、心が揺らがない者は一人も居なかった。
寧ろ、わずか数年間であれ、モリが同じ会社に在籍していた事に感謝していた。プルシアンブルーに転属した技術者24名の間で、仕事上の接点は殆ど無くなっていた。
おかしな話だが、別会社や子会社になっていたので、トータル開発・設計や部品開発者同士の意見交流といったものが無くなってしまった。
経営側が売上と株価といった数字に囚われるようになり、事業を売却し、子会社に不良資産を押し付けることばかり考えるのが状態化している。結果、オールインワン、開発総合力、技術力の結集といった特徴が削がれてしまい、今では総合電機メーカーとしてのメリットは無いに等しく、製品としての競争力を失った壊滅的な状況にある。

「プルシアンブルー社は製造部門の財閥化を目指している」とモリは語った。
「同期24人だけでなく、開発者とエンジニア全員がアイディアを出し合って モノづくりをする会社、そんな会社にしようと思っている。事あるごとにAIに委ねるのではなく、君たちがAIを使い、使役するんだ。但し、自分の子供のように愛情を持って接して欲しい。心根の優しい、素直なAIとして成長している。守って欲しい事項はそれだけだ」
モリは転属を決めた24名に、ネット越しでそう言った。

台湾・台北に集まった4名はDRAM開発、HDD・ストレージ開発、ホストコンピューター開発、Unixマシン開発で技師としてスタートし、営業職だったモリとは頻繁に連絡を取り合う関係にあった。。
今回、プルシアンブルー製のスパコン、サーバー、PC、各種モバイルを製造する に当たり4人の研究成果とサミア社長を始めとするエンジニアそしてAIの知見を結集して、国産ITメーカーの存在を、世界に知らしめるのが狙いだ。

ハノイ本社ビルの2階に並べられた自社システムの数々は、現地採用の社員を喜ばせている。誰も米国製ITの世界に戻ろうとは考えもしない。
自社製AIを使うと一目瞭然なのだが、社員以外は比較ができないのがもどかしい。
例えば米国企業の最新のシステムを揃えてアイリーンの可動テストを行うと、反応が約1/4の遅さとなり、事実上使えない。利用時でそれだけの性能差があるのだから、富山のエンジニア達が利用している開発環境の凄さが分かる。
アイリーンは既存のシステムでは到底開発できないレベルにある。
生産しようとしているシステムは開発スタッフが利用している4倍早いモデルではなく、1.3倍速い製品だ。それを汎用機の価格で販売する。ドミノ倒しが地球上で起きるだろう。

自分でIT業界の未来を想像して寒々しくなり、有賀は机に戻って開発者用の非売品PCの操作を始める。2トン車用エンジンをハイブリッド化するに当たり、搭載するモーターの設計作業を始めた。

モリが7月にベトナムのメコンデルタを視察し、プルシアンブルーの自社農地を買い増していた頃、現地に滞在してベトナム法人を立ち上げていた当時のゴードン次期会長がホーチミン市郊外にバギーとドローンの組み立て工場を建設すると述べた。
ベトナム国内ではコロナ対策が取られていたが、工業生産は世界経済停滞の煽りを受けて可動を止めている工場が多い中でのプルシアンブルーの工場進出となり、750名の雇用創出とアナウンスされると、ニュースで大きく取り上げられた。

実際の工場はバギー用ではなく、乗用車用のエンジン製造工場とモーター製造工場が建設され、生産稼働中。750名ではなく、1350名のベトナム人社員を雇用している。
製造ライン用の機器類の全てが富山から海路で持ち運ばれ、組み立てられた。

エンジンの一部とモーターはタイの自動車組み立て工場や家電組み立て工場に、陸路で輸送している。ハノイ郊外のプルシアンブルー社の倉庫には中国に進出した日本の自動車メーカーの製造して10年経過した左ハンドル中古車が貨物に載せられ、鉄路でベトナムまで次々と運び込まれている。
ベトナム・ラオス・カンボジアのフランス統治領だったインドシナ3国で、改造された日本車がプルシアンブルー製の「中古車」として2021年初頭から販売開始となる。 

ーーーー

「俄には信じられませんよ。人間にそんな能力があるだなんて・・」
生物の存在を感じ取る能力を有するという2人から聞いて、精神科医・内科医の資格を持つ村井 幸乃副知事が言う。「第六感を持っている」と錯覚する精神科の患者もゼロではないだろうに、幸乃は否定的な立場の医師なのかな?と金森知事は思った。
自身は海洋生物学の研究者なので、交感神経系の機能が発達しているサメやエイ、イルカやシャチなどの魚類・哺乳類を知っている。ヒトには無い能力だと鮎は断定しない。複数の実在が確認されたのだから。

夕刻に 帰宅する鮎と幸乃に合わせて、翔子が運転するミニバンに母親の由紀子と妹の啓子、啓子の次女の真麻、里子の母の理美の4人を乗せて五箇山までやって来た。
夕食後の会合を終え、源家と平泉家のご一行様は五箇山合掌造り集落内の貸し別荘に泊まりにいった。自分の布団と荷物があるので、源 翔子だけ金森邸に残った。

富山入りした理由と議題は一点となる。

鹿児島でのシカ・イノシシ狩猟で能力覚醒の為の行為で真麻が妊娠した下りから始まり、まだ行為後10日程で妊娠しているのを母体として認識している。と、本人から聞いた幸乃は、明らかに動転していた。
翔子の母からは「3ヶ月くらいですね。お子さんは男子です。おめでとうございます」と言われて、娘2人だから嬉しいのだが、やはり半信半疑の幸乃だった。

その後は由紀子の妹で、真麻の母・啓子が引き継いだ。
外相と公設秘書が犯したという一連の事件の被害者が、近親者と知人に居ると明かすと知事と副知事の頭にも血が登った。東南アジア滞在中の長女が彼女達と外相の間を取り持った形になってしまったのだという。
鹿児島から戻ってきた真麻の妊娠を本人から聞いた啓子は、梅下家の乗っ取りを画策した。モリの子を梅下の子として育てるプランを啓子は思いつき、長女との復縁を求めて来た梅下陣営に対して、復讐心や怨念を秘めた次女で応じる代案を提示した。次女の検診を求められ、指示された医院で受診したあとで週刊誌の記事となった。
当然ながらご破算になっただろうと思ったが、跡継ぎを欲する公設秘書が、体外受精を打診してきた・・そんな話を聞き「即断即決は出来ない、冷静に考えよう」と一旦お開きとなった。

「翔子には、その不思議な能力はあるの?」
村井幸乃 副知事が翔子に訊ねる。

「無いみたい。でも、玲子にはあったって報告が来たの。ビーチで泳いでいると小魚が集まって来て身動きできなくなるって。一緒に行ってる渦中の長女にもあって、島で逃げて野生化したヤギや豚をドローンが捕獲して、ヤギは家畜に戻したけど、豚は毎晩みんなで食べたってメールが来た」

「つまり、玲ちゃんも長女さんにも避妊しなかった・・」
幸乃が金森鮎知事の顔を見ながら、言う。
妻として、どう思っているだろう?と興味を持ったのだが、素知らぬ顔でお茶を啜っている

「あ、多分安全日のはず。妊娠はしていないと思うんだ。能力が本当なら、自分の妊娠が分かるだろうし・・」

「そっか、そうだよね。あの子なら豚以前に、妊娠の連絡をしてくるよねぇ・・」
幸乃が目を閉じて腕を組み、頷きながら言う。

「それと鮎先生、申し上げにくいのですが、恐らく母も妊娠しています。どうお詫びすれば良いのか分かりませんが・・申し訳ございません」

「ええっ、嘘でしょう?」
鮎は微笑み、幸乃の方が慌てている。

「ごめんなさい。実はお母様から話は伺っていたの。青森だったから、まだ受精していても5日くらいしか経ってないのよ。だから私も半信半疑でね、妊娠判定が出るまでお互い伏せて置きましょうって事にしたの。だから、お母様も今日はご自分の話はされなかったんだろうと思う。妹さんも、里子さんのお母様もいらっしゃるしね」

「そうでしたか・・実は、母がですね、来年の夏は数カ月休職して気仙沼にいて欲しいって突然言い出したんです。理由も教えてくれませんし、最近はPCで最新の育児情報を検索してブックマークしているので、まさかとは思っていたのですが・・」

「ちょっと待って2人共。40年以上間が開いての出産なんて、初産みたいなものです。それに、60過ぎの母体が持つのかどうか・・」

「ごめんね、ドクトル幸乃。母は話を聞いてくれないと思う。流産の可能性が高いし、自分自身でも半信半疑になっているはず、本当に産めるのかなって。でもあなたも思ってるように、産みたくって堪らないはず。だから今はまだ夢を持たせて上げたいって思ってるんだ」

翔子の表情を見て、幸乃も強く言えないのが鮎には痛いほど分かった。彼の子を宿した者にしか分からない感覚なのかもしれない・・。

「・・分かった。
真麻ちゃんの方は、私が受精作業の責任者になる。大学の後輩の婦人科医が担当したことにしてレポートを作成する。
でもね、翔子も分かってると思うけど、真麻ちゃんに先生の子が生まれたら、その時点から茨の道になるんだよ。出産までの間に対策シュミレーションを何度もやって、万全な体制で備えてほしい。勿論、私も出来る限り手伝うから。
・・ホンマ、しんどい話や、赤子誕生と同時に作業手順を間違えた愚かな医師に私はなるんや、一蓮托生どすえ〜」
怪しい京都訛りをワザと使って、翔子を笑わす。幸乃の最近の癖は下腹部を何度も触る。翔子の母がお腹の子を男子と明言したので、撫でる回数も増えるかもしれないと、鮎は思った。

「ありがとう、幸乃ママ」

「何言ってるの、最初からこうなるのはアンタも分かってたんでしょ?」

「そんなことないよ。だって発覚したら、それこそ医師免許剥奪モノでしょ?」

「場合によっては公民権剥奪だよ。政治家の道もバーンって閉ざされるでしょうね・・
ですので知事殿!バレた暁には哀れな無職者にご加護のほど、何卒宜しくお願い申し上げます〜」

鮎は笑って立ち上がり、冷蔵庫からとっておきの酒を小脇に抱えて持ってきた。
グラスは2つなのを見て、幸乃が親指を下にしてブーイングを上げる。

「何言ってるの、あなたに付き合って毎晩我慢してるのよ。今夜ぐらいイイじゃない」

「そんなぁ・・じゃあ拙者も少しだけぇ〜」
グラスを手にしようとすると・・

「「 ダメ!!」」
鮎と翔子がハモると幸乃がシュンと縮こまり、渋々 手を引っ込めた。

(11章へ続く)


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