見出し画像

『羊のロケット』(超短編小説)


   夜は深まるのに、心は晴れる。
   闇は濃くなるのに、目は冴える。

   宇宙柄のパジャマを着て、力を抜いて仰向けになって、両手をパーにして、両足を八の字にして、両目をゆっくりつむれば、浮遊感が出てきて、布団ロケットの発射準備は万端だ。なのに、いつまでたってもロケットは飛ばない。早く飛び立たないと朝が迎えにやってくる。昨晩のデートを思い出すたびに幸せな気持ちになるから頭の中が少しショートしているのかもしれない。

   まずは両手のパーが熱を帯びすぎているのかと考え、枕の裏側に右手を入れてちょっとひんやりさせてみたけれど特に何も起こらなかった。ということは羊エンジンの不調だなと思い、右耳の斜め上あたりにあるエンジンルームのフタをパカッと開ける。すると、幾千もの羊たちがぞろぞろ出てきて部屋中を埋め尽くした。その中に集団行動できない羊がいるはずだ。羊毛で部屋がもふもふしていて動きづらいのだけど、不具合の原因であるその羊を探し出さないことには何も始まらない。

   そんな中、私は、群れを離れた一匹の羊が天井を歩いているのを見つけた。あいつだ、間違いない。そおっと立ち上がって、壁を四足歩行で進み、天井をほふく前進で進みながら少しずつ近づくのだけど、なかなか捕まえられない。はぐれた羊を捕まえないと布団ロケットはただの布クズになってしまう。そこで奥の手を使うことにした。羊が大好物のアクビをためてためて口から一気に放つ。ふわあ〜。アクビの甘い響きに釣られて羊が近づいてくる。このチャンスを逃がすまいと、一気に両手で捕まえた。抱きかかえると、もふもふとした毛布みたいで温かくて優しくて気持ちよかった。抱き枕みたいにギュッと抱きしめてあげると元気よく「メエ~」と鳴いて、群れに戻っていった。

   よし、これでいい。羊たちを頭のエンジンルームに詰め込んで、布団ロケットに乗りこんで、発車準備だ。仰向け体勢完了。羊エンジン異常なし。膀胱漏れ異常なしっ!布団ロケットも、意識も、夢の彼方まで飛んでいけ!

   羊が一匹、羊が二匹・・・。ふわふわとした布団ロケットは私をのせて星空へと飛び立った。夢でもあなたに会えますように。

(了)

読んでもらえるだけで幸せ。スキしてくれたらもっと幸せ。