マガジンのカバー画像

Fish in the tank

16
私たちは他者との関係性の中で一生を過ごしている。 縦(自分)×横(他人)×高さ(お互いの関係性)の分だけの水槽の中を泳ぐ魚だ。
運営しているクリエイター

記事一覧

散文:社会福祉士としての専門性って何だろう。

散文:社会福祉士としての専門性って何だろう。

 社会福祉士は、実践現場においては、本人の自己決定を原則とし、時にはアドボカシーをしながら、本人が置かれた環境システムへの介入を行いつつ、社会生活が少しでも改善されるようにケースワークを行うが、それらを支える基礎的な知識、技術以外にも、関わっている分野によっては、司法、介護、会計など多岐にわたる専門知識に加えて、実践経験を積む必要が求められ、どれか一つが欠けたとしても、対人専門職としてのソーシャル

もっとみる
Fish in the tank

Fish in the tank



 
 結局の所、その日はその後も教授が現れる事はなく、生徒の四人はとりとめのないお喋りを続けたり、またそれぞれの作業に戻ったりしては長い時間を過ごしていた。

 研究室の窓から見える大学の景色は、その間に徐々に日の光を失って、夕時が近づく頃にはすっかり蒼ざめて暗くなっていた。

 一向に現れない教授を待ち疲れて、最後は日を改めてまた来ようという事になり、研究室を全員で後にして外に出ると、四人

もっとみる
Fish in the tank(1)

Fish in the tank(1)

......人はね、水槽の中を泳いでる魚と一緒なのよ
いつだったか、母親が何かの帰りに車を運転しながらそう言い出した。

「この先ね。どういう人達と出会って、その人達とどういう風に過ごすか。それであなたの水槽の広さが決まるの…」

 

そう言い終えた後に母親は、何もなかったかのように視線を正面に据えて、また運転に集中し始める。

まだ小さかった青柳は、その横顔を見ながらあくびを一つして、言われた

もっとみる
Fish in the tank(2)

Fish in the tank(2)

雄二が売店の冷凍庫を開けると、アイス達が冷気と霜に覆われたまま、奥の方で化石のように眠っている。

雄二は、その中から一つを選んで、霜を払い落としてからレジで会計を済ませると、大学構内の中庭にあるベンチまで移動して、アイスの蓋を開けるとおもむろにその中身をスプーンでつつきはじめた。

夏からずっと売れ残っていたせいなのか、そのアイスは硬く凍りすぎていて、雄二はその表面を木ベラのスプーンでガリガリと

もっとみる
Fish in the tank(3)

Fish in the tank(3)

雄二と青柳が研究室に戻ると、時間を潰しにどこかに行っていたはずの美雪が先に部屋に戻ってきていた。

美雪は壁に向かって並んでいる本棚から何かの資料を探している様子で、青柳はその痛々しい搔き傷が重なったアトピーの首元を、思わずじっと見つめてしまっていた。

「ねぇ、茄子川さん。先生来た?」

 雄二がそう話しかけると、考え事に集中していた美雪は二人がいつの間にか部屋にいることに一瞬驚いて、少し間があ

もっとみる
Fish in the tank(4)

Fish in the tank(4)

ちょうどその時、飛鳥が電車の窓から外の流れる風景を見つめていると、何かの催しでもしていたのか、一際高いビルの屋上からふいにたくさんの風船が放たれるのが見えた。

 冬空にまばらに散っていく白や赤の情景を、電車は一瞬で横切ると次第に遠のいていって、そしてそれを見たことで最悪だった気分が少し和らいでいくような気がした。

飛鳥は、ゆっくりと深呼吸を繰り返した後に、今度は目を閉じてウォークマンの音楽に意

もっとみる
Fish in the tank(5)

Fish in the tank(5)

「…ねぇ、オレ、本当に暇なんだけど」

 またしばらくしてから青柳がそう言い出した。

顔を上げた美雪と目が合うと、青柳はキャスター付きの椅子に座ったまま、ゴロゴロと音を鳴らして近づいてくる。

「暇って…卒論やらなくていいの?」

「うん。オレは平気」

「平気って、もう終わったって事?」

「うん。まぁね」

 それを意外に感じつつも、美雪はふと気づいた事を青柳に聞く。

「あれ?じゃあ何で今

もっとみる
Fish in the tank(6)

Fish in the tank(6)

結局の所、その後も教授が現れる事はなく、四人はとりとめのないお喋りを続けたり、またそれぞれの作業に戻ったりしては長い時間を過ごした。研究室の窓から見える景色は、その間に徐々に日の光を失って、夕時が近づく頃にはすっかり蒼ざめて暗くなっていた。

一向に現れない教授を待ち疲れて、最後は日を改めてまた来ようという事になり、研究室を全員で後にして外に出ると、四人は構内の外れにあるバス停までの道を、寒さに身

もっとみる
Fish in the tank(7)

Fish in the tank(7)

人気のない静かな住宅地では、それ以降は通行人も車も何も現れなくて、どこからともなく聴こえてくる山鳩の鳴き声だけが響き渡っていた。

その鳩はドゥードゥーと低く短く鳴いた後に、ポッポーと高く長めに鳴いて、それを規則正しくリズミカルにひたすら繰り返していた。

ドゥードゥー、ポッポー、ドゥードゥー、ポッポー、ドゥードゥー、ポッポー、ドゥードゥー、ポッポー、ドゥードゥー、ポッポー、ドゥードゥー、ポッポー

もっとみる

Fish in the tank(8)

「そうだ、アイス食べようよ」

突然、青柳そう言い出した。

「…アイス?こんなに寒いのに?」

思わず泣き止んだ飛鳥は、顔を上げてそう青柳に聞き返した。

「…いや、あのね。寒いからこそ思い出になるっていうか、なんていうか、思い出作りみたいな…、ほら、大切じゃん?思い出って…ねぇ?」

 自分でも何を言っているのか青柳はだんだんわからなくなってきたが、とにかくその場の空気を何とか変えようと必死に

もっとみる
Fish in the tank(9)

Fish in the tank(9)

それから違う路線で帰る雄二や飛鳥と別れた後に、青柳は駅のホームでふいに昔の事を思い出してぼんやりとしていた。

......人はね、水槽の中を泳いでる魚と一緒なの

いつだったか母親が、何かの帰りに車を運転しながらそう言っていた。

「この先どういう人達と出会って、その人達とどういう風に過ごすか。それであなたの水槽の広さが決まるのよ」

言われた当時はその意味がよく分からなかったが、青柳は何故かそ

もっとみる
Fish in the tank(終)

Fish in the tank(終)

自分のアパートに着くと、雄二は冷えたままのコタツに入り、しばらく何もせずに電源の入っていないテレビの暗い画面をみつめていた。

それから思いついたようにリモコンで電源を入れると、チャンネルをあちこちに動かして、最後にニュース番組に合わせると、リモコンをコタツの上に置いた。

番組ではニュースキャスターが今日の出来事を時系列に読み上げていて、それに合わせて映像が次々と切り替わっていた。

薬物中毒で

もっとみる
Fish in the tank、その後(1)

Fish in the tank、その後(1)

ゼミの教授が死んだという訃報が流れたのは四人が流れ星を見た次の日の朝の事で、四人は何度かお互いに連絡を取り合った後、通夜の翌日に行われるという告別式に参列する事を決めた。

……本当に、何が起きるか分かったもんじゃないな。

 美雪はそう思いながら、鏡の前に立って、古い箪笥の匂いがすっかり染みついてしまった母親の喪服に袖を通してみた。

Fish in the tank、その後(2)

Fish in the tank、その後(2)

環状線沿いのとある駅で降り立つと、飛鳥は改札出口を抜けてすぐの電柱に「西田家式場」という案内看板がくくりつけられているのを見つけて、その案内に従いながらしばらくの間歩いているうちに、やがては目的地の建物が道路沿いに立っているのをすぐに見つける事ができた。

 葬儀場の建物は、傍目からみればそうだとは分からないくらいに近代的で広々とした造りになっていて、その入り口の付近で誰かと待ち合わせをしている喪

もっとみる