アパート夜

Fish in the tank(終)

自分のアパートに着くと、雄二は冷えたままのコタツに入り、しばらく何もせずに電源の入っていないテレビの暗い画面をみつめていた。

それから思いついたようにリモコンで電源を入れると、チャンネルをあちこちに動かして、最後にニュース番組に合わせると、リモコンをコタツの上に置いた。

番組ではニュースキャスターが今日の出来事を時系列に読み上げていて、それに合わせて映像が次々と切り替わっていた。

薬物中毒で死亡したハリウッドスターの葬儀の様子や、日銀が発表した政策の指標の内容、その次に行政や企業が協力して開催したクリスマスイベントで、百万球のLEDを使って商業地区を一斉にライトアップしている華やいだ様子が繰り返し流されていた。

それらの映像をぼんやりと雄二が見ていると、ふいに見覚えのある光景が映し出されて、その後にアナウンサーがまた話し始めた。

「…本日夕方頃、流れ星のような物体が強い緑色の光を放ちながら上空を通過しているという目撃情報が関東各地で相次ぎました。専門家は小惑星などの欠片が大気圏に突入し、燃えて光った物ではないかと話しています」

例の緑色の光が空を流れている映像が映され、続けてそれに解説が加わる。

「…この物体が目撃されたのは、本日午後六時頃です。そして羽田空港に設置されている当局の定点カメラには、午後六時四分頃、画面上の中央付近から右に向かって、強い緑色の光を放ちながら物体が通過していく様子がおよそ八秒間に渡って記録されていました。また、東京湾に設置された当局のカメラにも同じ頃、強い緑色の光を放つ物体が画面の上から右の方向に通過していく様子がおよそ七秒間、捉えられています」

その後も、様々な場所や角度からの映像が次々に切り替わっていき、最後に映像がテレビ局のスタジオに戻ると、アナウンサーがまた話し始めた。

「…この物体について国立天文台の小柴紀夫教授は、太陽系の小惑星の欠片が大気圏に突入した際に燃えて光った火球ではないかとした上で、破片が隕石として地球に落下した可能性もあるが、落ちたとしても、何ら影響のあるレベルのものではないと話しています。火球とは、流れ星の中でも特に明るいものの事を言い、日本では一ヶ月に数個程度観測されているとの事です。尚、最近は小惑星の発見と共に火球の目撃情報も世界各地で相次いでおり、その傾向から今後も目撃情報が増えていく可能性が高いとの事です…」

しばらく火球についての関連映像が流れると、その後に一旦CMになって、車や映画やカップ麺など、様々な商品の映像が短い時間の中で印象を残しては次のものへと切り替わっていった。

しばらくしてから再開したニュースはスポーツの話題になっており、最後は歳を取りすぎて引退説が流れていたフェザー級の日本人ボクサーが、世界タイトルマッチでチャンピオンに判定勝ちになり、リングの上でベルトを掲げながら泣いている姿が映し出されていた。

 ……こんなに泣く程嬉しい事なんて、オレには多分一生ないんだろうな。

そう思いながらその映像を見ているうちに急に眠気に襲われて、雄二はテレビの電源を切ると、コタツの上で頬杖をついてうとうととまどろみ始めた。

外で車が通る音や、誰かの遠い笑い声を聞いているうちに意識はほぐれて緩んでいき、やがて緑色の海に沈むように、暖かな感覚の中に体が沈んでゆくのを雄二は感じていた。

――でもどうしてだろう、今日みたいな一日だって、案外悪くない気がするんだ。

 そう思いながら、うつ伏せになって目を閉じていると、ふいに体が床から離れて遠ざかっていくような感覚が訪れて、雄二は妙に安心した心地のまま、眠りの世界の中にゆっくりと消えてゆこうとしていた。

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