売店

Fish in the tank(2)


雄二が売店の冷凍庫を開けると、アイス達が冷気と霜に覆われたまま、奥の方で化石のように眠っている。

雄二は、その中から一つを選んで、霜を払い落としてからレジで会計を済ませると、大学構内の中庭にあるベンチまで移動して、アイスの蓋を開けるとおもむろにその中身をスプーンでつつきはじめた。

夏からずっと売れ残っていたせいなのか、そのアイスは硬く凍りすぎていて、雄二はその表面を木ベラのスプーンでガリガリとほじくりまわすと、採掘に成功した少量のアイスを口に入れた。

そうしてみても、寒さのせいか舌の上で溶かしたアイスは甘いのか冷たいのか味がさっぱり良く分からなくて、そもそもどうしてこんな寒空の下でアイスなんか食べなければいけないのだろうという不満が新たに頭の中で渦巻いた。

「…ねぇねぇ、あの女の子、良くない?」

 大学でばったり会うなりアイスでも食べようと言い出した張本人、つまりは隣に座っている青柳が、離れた場所を歩いている女子を見ながらそんな事を言い出して、そのにやけ面に雄二は妙に苛立った。  

「…お前、ああいうのが好みなのか?」

「…え?…あ、いや、…よく見たら、そうでもなかった」

 それから青柳は雄二の隣で自分のシャーベットアイスを忙しなく口の中に書き込むと、そのせいで頭痛でも引き起こしたのか、眉間に皺を寄せたままピクリとも動かなくなった。

雄二はその様子をしばらく見つめて溜息をつくと、休日のせいかほとんど人のいない大学の構内に視線を移して、考え疲れたせいかしばらくぼんやりと眺めていた。




「…ブーツ」

そう言われて雄二がまた隣を見ると、青柳がつぶらな瞳でこちらをじっと見つめている。

「え?」

「あのね、好みの女の子の話し。ブーツフェチなの、オレ」

「…そうなんだ」

「うん」

「ブーツの何がそんなにいいの?」

「なんか、その、上品な感じがするから…」

「…」

 ブーツを履いていれば誰でもいいのだろうかという疑問が生まれたが、雄二はあえてそれ以上は深く聞かない事にした。

そもそも青柳とこれ以上話をすること自体が時間の無駄にしか思えず、本音を言えば早いところ卒論を提出して家に帰りたかった。

そのためには仕上げた卒論にゼミの教授の印鑑を押してもらう必要があったのだが、肝心の教授は約束の時間を何時間過ぎても一向に現れる気配がなく、待ちぼうけの時間が理不尽に引き延ばされ続けていた。

 それから二人とも無言でいると、何かのセレモニーの練習なのか、遠くから吹奏楽器のまとまった重奏音が聴こえてきて、雄二はそれを聞きながら、無意識にまた自分が何かに苛立ってきているのに気がついた。 


その隣で青柳は残りのアイスを全て口の中に入れてしまうと、また一瞬苦しそうな表情を浮かべ、「…歯茎に染みた」という中高年のような感想を雄二に述べた。 

まだ食べ足りなかったのか、青柳はそれからもしばらく木ベラのスプーンをしつこく齧り抜いていて、最後には原型を失ったそれを、マジマジと飽きることなく見つめ続けていた。



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