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Fish in the tank(5)


「…ねぇ、オレ、本当に暇なんだけど」

 またしばらくしてから青柳がそう言い出した。

顔を上げた美雪と目が合うと、青柳はキャスター付きの椅子に座ったまま、ゴロゴロと音を鳴らして近づいてくる。

「暇って…卒論やらなくていいの?」

「うん。オレは平気」

「平気って、もう終わったって事?」

「うん。まぁね」

 それを意外に感じつつも、美雪はふと気づいた事を青柳に聞く。

「あれ?じゃあ何で今日ここに来てるの?」

「え?まぁなんていうか、皆に会いに来たんだよ。もう今日ぐらいしか会えないと思ってさ」

「…あぁそっか、確かに卒論出したら後は卒業式だけだもんね」

美雪はそう言いつつも、うちのゼミってそんなに仲良かったっけ?と内心で首を傾げる。

他のゼミでは、教授を交えて頻繁に懇親会や合宿などをやっているというのは度々耳にしていたが、美雪達のゼミではそもそも学生の名前すら覚える気のない教授を含めて、親交を深めようとする気配を誰も見せることがないまま卒業を迎えようとしていた。

「何かさ、おもしろい話とかないの?」

そう詰め寄ってくる青柳に少し仰け反りながら、美雪は助けを求めようと雄二を見たが、雄二は自分の作業に集中したいのかこちらに見向きもしない。

「おもしろい話…。私そういうの得意じゃないんだよね…」

そう言いながら、それとなく自分の作業に戻りたい意向を示す美雪だったが、青柳はよっぽど退屈が嫌なのかそれを意に介さず、ヒマだなぁ、ヒマだなぁ、と言いながら椅子を使ってその場でぐるぐると回り始めた。

美雪は苦笑いを浮かべながらどうやってそれをあしらおうかと考えているうちに、ふと昨日目撃したある光景を思い出し、少し迷った後に思い切って話してみることにした。

「…あのさ、UFOとかって見たことある?」

「UFO?」

 思わず椅子の回転をピタリと止めると、青柳は美雪を訝しげな表情でまじまじと見つめ始めた。

…やっぱりやめとけば良かった、と少し後悔しながらも。後に退けずに美雪は話を続ける。

「私ね、UFOっていうか、限りなくそれに近いもの見たことあるんだよね。しかも昨日」

「本当に?どこで?」

「…バイト先のレストラン。昨日ね、閉店作業してたら、いきなりレジのお金が一万円くらい合わないってマネージャーが騒ぎ出してね、盗難の可能性もあるから全員残れって言われて家に帰れなくなったの。…お金は結局レジの引き出しの奥の方に、くしゃくしゃになって挟まってた一万円札が見つかって、全部マネージャーの早とちりだったんだけど、でもその時には夜中の二時とか過ぎちゃってて、まぁそれで、始発電車が動くまで店で待つ事にしたの」

「…わお。そりゃ災難だね」

「うん。それで他のバイトの子達とかも何人かいて、中には椅子とか並べてすぐに寝ちゃう人とかもいたんだけど、私は慣れてない場所で寝れなくて、ずっと起きて店の窓から外の景色を見てたんだよね。…バイト先、オフィスビルの最上階にあるレストランでね、他の高層ビルが赤いランプを光らせながらたくさん並んでいるのとかがよく見えるの。それで昨日は天気がすごい曇ってたでしょう?ぼんやり夜空を見てたら、暗い雲の表面に、白くて細かい光がたくさん入り乱れて動いているのに気づいたの」

「…それがUFOだって事?」

「うーん…。最初は、他の高層ビルの屋上で工事でもしていて、その照明か何かが雲に当たってるのかなって思ったんだけど、見渡す限りどこも屋上で工事なんてしてなかったの。それからもしばらく光の源を探していて思ったんだけど、光の動き方がなんかさ、…機械っていうよりも、生き物に近いっていうか…、コウモリの群れって見たことある?本当にああいう感じで、不規則にうじゃじうじゃ動いてて、不思議に思ってずっと見てたら、最初ははっきりしてた光がだんだん薄くなって、最後は全部消えちゃったんだよね」

「他には誰も見てなかったの?」

青柳がまた聞くと美雪はそれに頷く。

「うん。結局私以外は誰も見ていなくて…、それにこういう事を急に言うと、気持ち悪がられるかなって思って結局言えなかったんだよね…。でも、やっぱりはっきり見たし、正体がどうしても確かめたくなったの」

「…どうやって?」

「深夜とはいえ、都心だから、他にも見た人はきっといるはずで、中にはそれを動画とかで撮ったりしてた人もいるんじゃないかって思って、後になってスマホで調べたの。住所とか日付とか、UFOとかのキーワード入力してね」

 そこでようやく信憑性を感じたのか、青柳は真剣な面持ちになって何度か頷いた。

「結局、写真とか映像は出てこなかったんだけど、一つだけ気になるサイトがヒットしたのね。そのサイトを運営している人は、占い師をしてる人で、実は占い以外にもヒーリングが使えて、病人の患部に掌をかざすと治癒する事ができます、みたいな人らしいんだけど…」

「…うわ。ちょっと胡散臭い人だね」

「まぁそうなんだけどね…。それでその人、ヒーリングしてる最中に頭に色んなイメージが浮かんでくるらしくて、そのイメージっていうのが少し先の未来を映しているものらしいの。それで、その人の最新の記事に書かれていたイメージのキーワードが、オフィス街、UFO、愛の光、だったんだよね。近々オフィス街の空にUFOが現れて、愛の光がもたらされるでしょうって書いてたの。その人がそのサイトを更新したのは、私が不思議な光を見る二日前で、あれが本物だとしたら、その人本当に予言しちゃってるんだよね」

 そこまで話し終えて、美雪が研究室のパソコンを使ってネット検索をすると、話に出てきたサイトと記事がすぐに見つかった。それを後ろから覗き込んだ青柳が驚嘆の声を挙げると、美雪は少し得意気にはにかんだ。

「…オカルトとか変な宗教みたいだけど、でもこういう事があるとさ、ちょっと信じて見たくなるよね」


それからも青柳が食い入るようにパソコンの画面を覗き込んでいると、廊下の方からばたばたと誰かが走ってくる音が聞こえて、その後に飛鳥が息を切らせながら部屋に飛び込んできた。

「…あれ?もしかして西田先生もう帰っちゃった?」

「まだ来てないよ」

「よかったぁ!で、いつ来るの?」

「…分からない」


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