Fish in the tank(8)

「そうだ、アイス食べようよ」

突然、青柳そう言い出した。

「…アイス?こんなに寒いのに?」

思わず泣き止んだ飛鳥は、顔を上げてそう青柳に聞き返した。

「…いや、あのね。寒いからこそ思い出になるっていうか、なんていうか、思い出作りみたいな…、ほら、大切じゃん?思い出って…ねぇ?」

 自分でも何を言っているのか青柳はだんだんわからなくなってきたが、とにかくその場の空気を何とか変えようと必死になっていた。しかし理由を取り繕おうとすれするほどその話しは意味不明になっていき、そろそろ助けを求めようと雄二に目線で合図を送っても、雄二はさっきから透明にでもなったかのように気配を消して立ち尽くしている。

「とりあえずさ、どこか座れる場所探して落ち着こうか?」

 美雪がそう言ったことでようやく話しがまとまる兆しが見え始め、「オレも今それを言おうと思ってた!」と青柳はすぐに同調した。

飛鳥も感情が静まってくるにつれて周りにまた迷惑を掛けてしまったという後悔が沸いてきて、コートの袖で目元を拭いながら、「…皆ごめんね」と小さな声で謝った。

それから四人は青柳の提案通りコンビニに寄ってアイスを買うと、そこから少し歩いた先にあった小さな公園に入った。時計台の近くに並んでいるベンチを見つけてばらばらに座ると、特に何を話すでもなく、それぞれが自分のアイスを無言で食べ始める。

……あたし、こんな真冬に何してるんだろう。

そう思いながら飛鳥も自分のアイスの蓋をあけると、それをプラスチックのスプーンですくってゆっくりと口に入れてみた。

「…冷たい」

当たり前の感想を口にした後に、周囲に等間隔に立っている外灯を何とはなしに眺めると、白い照明の周りには虹色の輪がぼんやりとできていて、目を細めると光が放射状になって広がった。

その光に照らされた周囲の枯れ木は風がないせいか枝も僅かに残った葉も全く動かなくて、ずっと見ているとそこだけ時間が止まってしまったような錯覚を覚えた。

それから飛鳥はアイスをまた少し口に入れて、残りを近くに座っている青柳におもむろに差し出した。

「…もう食べれない」

飛鳥にそう言われた青柳はそのアイスを受け取ると、ほとんど減っていない中身をしげしげと見つめた。その流れに便乗するように、私ももう無理かも、と美雪も言い出して、結局二人のアイスは食べようと言い出した青柳が責任を取って全て食べることになった。

青柳は三つのアイスを忙しなく食べながら次第に寒そうに震え出し、なかなか減らないアイスに苦悶の表情を浮かべながら、どうしてこんなものを食べようと言い出したのかと後悔し始めていた。

 その様子を見ていた雄二は我慢できずに笑い出して、そして最初は黙ってそれを見ていた飛鳥も、いつしか同じように笑い始めていた。

「…もう平気?」

 心配そうに聞いてくる美雪に笑顔で頷いた時に、飛鳥は急に昔見た恋愛映画のタイトルを思い出して、その事を映画とは違う形で理解した気持ちになった。

「セレンディピティーって、本当は今日みたいな事を言うのかもね」

「…何の事?」

「意味のある偶然って意味なんだけど。考えてみるとさ、あたし達なんでもっと早く仲良くなれなかったんだろうって思うよ。美雪ちゃん真面目だし大人しいから、あたしとは話が合わないタイプかなって思ってたけど、こうやって喋ってみるとなんか思ったより全然波長が合うっていうのかな?すごく一緒にいてしっくりくるんだ」

「わかるよ。私も今日途中からずっと思ってた」

美雪も笑顔になってそう言うと、嬉しくなった飛鳥は美雪の手をふいに握りしめた。驚いた美雪は自分の手を慌てて飛鳥の手から引き抜くと、そのままコートのポケットの中にさりげなく隠してしまった。

不思議そうな顔で見つめてくる飛鳥に「前世があったら親子とか姉妹かもね」と美雪が笑顔を保ったままそう言うと「もしかしたら兄弟だったかも」と飛鳥は冗談を言うようにそう返して、そうだったらウケるね、と笑い合っているときに美雪は何故か涙が出そうになった。

その隣のベンチで座っていることに飽きてきた雄二は、しばらくすると立ち上がって公園をうろつき始め、金属板を捻じ曲げたようなオブジェが中心にある池の近くに行って、その中を覗き込んだ。

池の中には鯉が何匹か放されていて、近寄ってきた雄二に餌をもらえると思ったのか、水面に口を出してパクパクと喘がせていた。

青柳も雄二の後に続いて池に近づくと、飛鳥と美雪が後からついて来て、四人でしばらく池を泳ぐ鯉たちを眺めていた。

夜の池は外灯の光が溶け込んでジンジャエールのような金色になっていて、水面には落ち葉や、誰かが落とした野球ボールなどが浮かんでいた。

「…鯉ってさぁ、何年くらい生きるのかな?」

 鯉を見ながらそう言いだす飛鳥に、美雪が少し間を置いて答える。

「結構長生きするって聞いたことあるよ。…十年とか。二十年とか。…どうして?」

「…いやぁ、暇じゃないのかなって。こんな狭い池で…」

真剣な顔で魚の心配をしている飛鳥に、美雪は思わずくすりと笑った。

「…でも、鯉には鯉の楽しみが、何かあるのかも知れないよ?」

 含みを持たせながら美雪がそう返すと、飛鳥は妙に納得した様子になって、また池を泳ぐ鯉達を見つめながら、何度か真剣に頷いた。

美雪は飛鳥の様子を見ているうちに、荒れた自分の手を触られたくないと思って反射的に引いてしまったさっきの行動が途方もなく大げさに思えてきて、ポケットに仕舞い込んでいた手を外に出すと、おそるおそる飛鳥の手に触れてみた。

そして何も考えずに池の水面やその中で動く鯉をぼんやりと眺めていた青柳は、池の中心に、何やら緑色の光が映りこんでゆらゆらと揺れている事にふいに気がついて、不思議に思ってその一点を凝視した。

顔を上げて周囲を見渡してみても、緑色の照明などはどこにも見当たらず、青柳はゆっくりと池の真ん中を横切り始める不可解な光をしばらく睨むようにまた見続けて、それから何かにはっとして空を見上げた。

そうすると、真冬の上空を、緑色の火の玉のような何かがゆっくりと通過していて、青柳は言葉を失ったままその光景に釘付けになっていた。

上を向いたまま呆然としている青柳の様子に気づいた雄二が一緒に空を見上げると、そのすぐ後に飛鳥と美雪もそれに気づいて空を見上げた。

「うそでしょ!あれUFOじゃない?」

「…え?流れ星でしょう?」

「大きすぎだよ!動きもゆっくりだし!」

「飛行機じゃないの?」

「絶対違うって!」

「隕石じゃないの?」

「じゃあ落ちたらやばいじゃん!」

「…ノストラダムス?」

「いつの話だよ」

「地球終わった!」

「…終わらないよ」

「願い事する?」

「だから…あれ、流れ星なの?」

「やばい!やばい!」

緑色の光は、冬の空に広い放物線を描き、遠くに見える山の稜線に触れる直前に、一際大きく光を放って消えていった。

何も見えなくなってからも、四人は遠くの空を見ながら光の正体に関して興奮気味に意見を交わしていて、小さな夜の公園にはその楽しげな笑い声がいつまでも響いていた。

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