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絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/はじめに
(トップページの写真は何れも、いわゆる住宅団地。
浸透している従来のイメージとは大きく異なる街並みが形成されている。)
はじめに
我が国の戦後に構築された街並みは「絵になる」とか、「美しい」とか言える箇所は少ない。それは、街並みを形成する要素である個々の構築物がある意味、極端に画一的だったり、バラバラだったりで、地域や周辺の特性、例えば歴史や風土、景観、色彩、材料、それに重要な構図、等々に配
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/外泊(そとどまり/愛媛県南宇和郡愛南町/高い石垣で囲まれた家屋が段々上に集積した街並
外泊は愛媛県の宇和島から豊後水道沿いに敷設された国道56号線を約30キロ南下した先にある御荘辺りから西側に延びる風光明媚な西海半島の先端に位置する小さな漁村集落だ。
場所柄、台風銀座コースに当たるため、それへの備えを重視した集落かと思いきや、東側の女呂崎と西側の道越鼻に囲まれた湾に面し、かつ西海町で最も高い権現山の北斜面に位置することから、北側から吹き込む冬の厳しい季節風や潮風への
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/はじめに
我が国の戦後に構築された街並みは「絵になる」とか、「美しい」とか言える箇所は少ない。それは、街並みを形成する要素である個々の構築物がある意味、極端に画一的だったり、バラバラだったりで、地域や周辺の特性、例えば歴史や風土、景観、色彩、材料、それに重要な構図、等々に配慮無く、言い出せば切りが無いほど無頓着に形成されているからである。
ではどうしたら、絵になる美しい街並みが形成できるのか?
そ
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /吉良川(きらがわ)/高知県室戸市吉良川町
高知市内から吉良川へ車で行く場合、高知自動車道を使い、南国ICから国道55号線を室戸岬に向かえば1時間半ほどで着ける。吉良川は明治後期より近隣の山で産出するウバメカシを原料にした土佐備長炭を阪神方面に送り出す港町として栄えたことから、旧街道沿いには平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された外壁を土佐漆喰で白く塗った切妻・平入・桟瓦葺の立派な町家で形成された街並が残っている。地理的に太平
もっとみる絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /脇町(わきまち)/徳島県美馬市/うだつの街、四国の倉敷と呼ばれる街
徳島市から吉野川に沿って敷設されている高速道路、徳島道を25キロ程西に走り、脇町インターから案内板に従って南側に進めば、程なく「うだつの街」、「四国の倉敷」と呼ばれる脇町に着く。
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この街は1585年徳島藩主となった蜂須賀家政は、第一家老の稲田植元を阿北の要衝である脇城に入城させ、その稲田植元がこの地域の産業として、藍づくりを注視、阿波の代表産業に発展させた。
その中心地になっ
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /伊根(いね)/京都府与謝郡伊根町/船屋と母屋、土蔵等で構成されるの街並み
京都の北に位置する日本三景の一つ、天橋立を横目に見ながら、丹後半島の海辺に沿って敷設されている178号線を北に、約40分程、車で走ると伊根町の漁港らしき所に着く。その道路沿いの景観は一見何処にでもありそうな漁村だが、車を降りて漁業関連施設の脇をすり抜けて、伊根湾に突き出た小さな船着き場の先に出てから周りを見渡せば、カモメが飛び交う穏やかな海面の向こう岸に、将棋の駒を横一列に立てて連ねたような景観
もっとみる絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /今井町(いまいちょう)/奈良県橿原市/大半が江戸時代のままの街並み
奈良盆地の南部に位置する近鉄八木西口駅またはJR畝傍駅から南西に向かい、飛鳥川を渡ると直ぐに小さな掘割に出会う。この掘割が今井町の周囲に巡らされた環濠だ。今井町の街は東西、南北が約600m、310mの長方形。街割は大方、東西・南北方向に路地で格子状に区切られており、尊坊通や御堂筋、本町筋と呼ぶメインストリートは東西方向に設け、それら路地に向けて主に本屋といわれる大規模町屋や小規模町屋、それに付随
もっとみる絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /伏見(ふしみ)/京都市伏見区/酒蔵が印象に残る城下町
数ある京都の観光地の中で、伏見を位置付ければマイナーだ。他と比べればここまで足を延ばしてくれる観光客は少なく、来てくれるのは拘り派か気軽に来られる近場の人々。
従って、観光客がぞろぞろ歩く光景は少ないことから、住人に混じってゆっくりと街を探索することができる。しかし、反面観光用の駐車場も見あたらないことから、私の場合は大概、京阪電車の中書島から徒歩で目的地に向かう。
観光
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/妻籠宿(つまごじゅく)/長野県木曽郡南木曽町/ 江戸時代の風情を残す木曽路の宿場町
中央自動車道の中津川インターを降り、時々立ち寄る和菓子屋で栗きんとんを買ってから19号線を北上、目的の妻籠に向かう。
妻籠は山々に囲まれた木曽谷の南端、木曽川の支流蘭川を少し遡った所にあり、歴史的には江戸時代に江戸と京都を結ぶ中山道を整備した際に宿駅の一つとして定まったのが始まり。
当然、往時は賑わっただろうが、何れもの宿場が辿ったように、この妻籠も近世に入り、荒れ果て忘れ去られそうにな
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/内子(うちこ)/ 愛媛県喜多郡内子町/木蝋を生産した豪商屋敷のある街並み
愛媛県の松山市から高速道路、松山自動車道を北東に2、30分ほど走り、内子五十崎ICを降りて、地道の国道56号線を少し北に走れば内子に着く。
この街は江戸時代末期から明治時代にかけて木蝋や和紙、生糸などの生産により栄えたことから、八日市・護国地区には国の重要文化財になっている本芳我家や大村家、上芳我家などの古い立派な建造物が並ぶ街並みが残っており、これらの地区が重要伝統的建造物群保
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /近江八幡(おうみはちまん)/滋賀県近江八幡市/ 商人が育んだ街並み
近江八幡には近江兄弟社の創始者W・M・ヴォーリス氏の残した古い洋風建築が所々に残っているが、JR近江八幡駅の北東に位置する八幡堀沿いや新町通り、永原町通りには和風の伝統的建築群により形成された昔なりの街並みが広範囲に継承され、往事の繁栄を偲ばせている。この街は豊臣秀次が八幡山に城を築き、その麓に城下町を造ったのが起源、秀次の失脚により城下町から在郷町に移り変ったが、栄え続け、結果として全国で活躍
もっとみる絵になる美しい街並みを創造する為の粉本 /常滑(とこなめ)/愛知県常滑市/林立する煉瓦造りの煙突が印象的な焼き物の街並み
知多半島西岸の中央部に位置する常滑は約千年の歴史を持つ焼き物の街。
近代には土管や焼酎瓶、薬品かめ、水盤、植木鉢等を生産してきたようで、通りのあちこちにこれらが積み重ねられ、どちらかと言うと焦げ茶褐色の商品が街路に溢れ出ているのが目に付く。この街は歴史的には日本6大古窯の一つとして繁栄、その内でも最も古く、最大の窯業地として確立され、最盛期には丘陵地一面を覆うように3千基余りの窯があったそう
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/高山(たかやま)/岐阜県高山市三町伝統的建造物群保存地区/400年の歴史が息づく小京都、ベンガラ格子の古い街並が旅情をそそる
158号線を利用して車で岐阜方面から高山に入って行くとJR高山線と直交する。その交点の直ぐ北側50メートルがJR高山駅で、ここから前方が高山のメインとなる市街地だ。
線路と41号線を渡り、八軒町通りを突き当たって左折すれば陣屋がある。陣屋から宮川に架けられた中橋を渡り、二つ目の道を左折すると、そこが古い建築物の多い上三之町。この町に続く上二・上一、北側の下三・下二・下一之町は金森氏時代から
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/塩見縄手(しおみなわて)/島根県松江市北堀町、奥谷町/武家屋敷で形成された街並み
松江は城下町だが、今では我が物顔の近代建築が建ち並び、歴史や文化を継承する松江らしい美しい街並みの見所は数少ない。めぼしい街並を幾つか上げるとすれば石橋町の三丁目から二丁目当たりに点在する酒蔵のある街並や東茶町の造り酒屋を営む商家が形成する街並などだが、唯一秀逸なのが北堀町と奥谷町に位置する塩見縄手(しおみなわて)と呼ばれる通りの武家屋敷で形成された街並みだ。ロケーションは松江城北側の
絵になる美しい街並を創造する為の粉本/勝山(かつやま)/岡山県真庭市 /「のれん」が掛けられた街並
城下町である勝山の町割は太鼓山の南山麓に寺町と武家屋敷を、西山麓の南北に流れる旭川の東側にある出雲街道に沿って町人の町を、配置している。
今では城や武家屋敷郡が無くなったものの、出雲街道の宿場町として、また岡山から旭川を遡る高瀬舟の最上流の港町として栄えた街並が、「勝山町並み保存地区」として指定され残っている。
この地区の見所は出雲街道沿いの約700mの街並。 それらを形成する町家の多く
絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/下津井(しもつい)/岡山県倉敷市下津井/廻船問屋等の伝統的建築が連なる街並み
下津井は倉敷市の南端に位置する港町。地名の由来は江戸時代末期から吉備児島の「下の津」、つまり児島の「最も下に位置する港」と言う意味で、呼ばれるようになったらしい。今は瀬戸大橋の北側のたもと、瀬戸中央自動車道児島ICの南側の港、JR瀬戸大橋線児島駅の南側の港と言った方が位置との関係で分かり安い。
この下津井は地理上、瀬戸内の好立地にある天然の良港、風待ち・潮待ち港であったことから、奈良時