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絵になる美しい街並みを創造する為の粉本/外泊(そとどまり/愛媛県南宇和郡愛南町/高い石垣で囲まれた家屋が段々上に集積した街並

   

 外泊は愛媛県の宇和島から豊後水道沿いに敷設された国道56号線を約30キロ南下した先にある御荘辺りから西側に延びる風光明媚な西海半島の先端に位置する小さな漁村集落だ。

 場所柄、台風銀座コースに当たるため、それへの備えを重視した集落かと思いきや、東側の女呂崎と西側の道越鼻に囲まれた湾に面し、かつ西海町で最も高い権現山の北斜面に位置することから、北側から吹き込む冬の厳しい季節風や潮風への対策がより重要とのことで、それぞれの家屋の周りを、それも軒先下まで石垣で囲っている。また集落全体が傾斜地であるため、宅地の高低差を吸収する擁壁が必要で、その擁壁が石垣と同じ石積みであるため、その見掛け高さは尋常でなく、一見、集落全体が要塞のようだ。

 この集落は、1700年頃に淡路島から来住した吉田氏が最初に形成した西側に位置する中泊の人口が増加したことにより生じた分家対策により、「手がえ」といわれる協同作業により、自ら地場産の材料を使って計画的に形成したといわれている。

 まず、幕末の頃、谷筋に水路と街路を整備し、その後両側にひな壇上の宅地を造成、その上に十数年掛けて全戸、約50戸の家屋を建設したそうだ。家屋の完成後は畑の造成、墓地、氏神の社等も整備し、集落としての形態を整え、今に至っている。

 しかしながら、ご多分に漏れず、現在は過疎化が進み、家屋の解体等が進んではいるものの、改修も行われ、往事の面影が、まだ十二分残っている箇所もあり、自然地形に馴染んだ石垣の重なる有機的な遠景、中景では大小の坂道から見る石垣で囲われた街路、近景では海に面した炊事場の窓(海賊窓)から海を見られるよう、切り込まれた石垣、更には洗濯物を石垣に差し込んだ物干し竿に干した生活感溢れる景観等、この場所ならではの希有な見所が見られる。

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