見出し画像

お見舞いサービス (1分小説)

集中治療室から、やっと個室へ移動。

もう、1ヶ月以上も外に出ていない。

お医者さんと担当の看護師さん以外、誰にも会ってない。

看護師さんは、食事から下の世話まで、なんでも面倒を見てくれてはいるが、美人だからか、同じ女性でもなんだか気恥ずかしい。

久しぶりに、OLの友人から電話があった。

「まだ、家族にも会えてないの?職場のみんなで、千羽鶴を送るから元気出して」。

今の私には、まだ人の親切を喜ぶ余裕はない。


【翌週】

なにやら窓の外が騒がしい。

鶴の大群が羽をバタつかせ、こちらへ向かって飛んできている。

窓をくちばしで突っつくので開けてみると、一羽が、キーキー鳴きながら病室に入ってきた。

震える指で電話をする。
「千羽鶴って、実写版なの?」

友人はクスクス笑っている。
「うん。お礼・お見舞いサービスで『千羽鶴コース』を頼んでみたのよ」

鶴が私に近づき、クルリと背を向け、羽を広げた。

おそるおそるその背に乗ってみると、勢いをつけて、窓から大空へ飛び立った。

大群が、私たちの後に続く。

眼下に広がる景色が、米粒のよう。人や車、ビルや家、公園、みんな小さくなってゆく。

まるで、ジブリの世界だ。

真っ赤な夕陽、白い富士山。息を飲むぐらい美しい。




ベッドの上で目覚めると、布団に羽が落ちていた。

現実だったんだ。

「すごく楽しかったわ」
友人に電話を掛ける。

「喜んでくれて嬉しいな。『鶴の恩返しコース』というのもあるのよ」

病室に入ってきた、美人看護師さんと目が合った。

まさか、この人。


「私は、鶴ではなくコウノトリです」

看護師さんは、おくるみに包まれた赤ちゃんを、そっと私の胸に抱かせた。

「ありがとう」

私は、この日、やっと家族に会えた。








この記事が参加している募集

noteの書き方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?