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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その55


55.    完全なるミラクル



翌日。
すっかり陽も暮れて夕刊を配り終え、
お店で明日のチラシを整えていた。


チラシを整えてはいるが、
心の中はとっ散らかっている!
こうだ!


(今日こそ電話してやる!
部屋に戻ったらすぐにテレホンカードを持って公衆電話へ直行だ!
毎晩銭湯に行った帰りに、その横にあるコンビニにビールは買いに行くのに、なんで電話しなかったんだ!俺のバカ!
結構緊急なのにどうしてすぐに電話しないのか!
こんな時に臆病風に吹かれなくてもいいではないか!
よしっ!自分を責め切ったぞ!
これで行動するだろう。
もしこれで銭湯の帰りにビールだけ買って帰って
飲んで気持ちよくなったら、カナダと友人との関係は
もうあきらめよう。)


全然綺麗にならないチラシをずっと息巻いて叩いていたら
お店の奥の部屋から優さんが出てきた。


「お、いたか。おい真田。なんかお前に電話があったらしいぞ。」


「なぬっ!」


「えっ?」


「あ、すいません・・・びっくりしただけです・・・」


「そうか。なんか大阪の友達から電話があったみたいだ。
ここに連絡してくれって・・・」


そう言って優さんがメモ紙を渡してきた。


そこには『さなだくん・ときわぎさん・夜連絡ください・0747-〇〇ー〇〇〇〇』と書いてあった。


「0747?」


「どうした?分かるか?母ちゃん(所長夫人)が取ったからなぁー、大丈夫か?」


「あ、はい!分かります!大丈夫です!ありがとうございます!連絡してみます!」


「そうか。お前の部屋、電話無いんだな。ここで電話していくか?」


「えっ!あ、いや、はず・・いや、長くなると思うんで公衆電話から掛けます。」


「そうか。」


私は急いでチラシをやっつけて部屋に戻った。
テレホンカードを引っ張り出しながら
さっきのメモ紙をもう一度見た。
いったい彼はどこに居てるんだろう。


私はカナダ大使館でもらった書類を握りしめて
いつもの公衆電話に急いだ。



着いた。
ん?誰かが公衆電話を使っている。
おっさんだ。
あの後に電話ボックスに入ることを想像した。
そんなに長く息を止められそうもないし、
息を止めながら会話をする技も持っていない。



別の公衆電話を探そう。
この一週間、急がなかったくせに、
今日は急いだ。



駅の近くまで来た。
あった。
誰も使っていない。


私は勢いよくドアを開けて
受話器を上げた。


テレホンカードを入れて
メモ紙に書いてある番号を押した。


プルルルルー
プルルルルー


ガチャ

「はい、もしもしー」


のどかな雰囲気の女の子の声だ。
間違えたか?
やはり所長夫人は番号をうまく聞き取れなかったのか?


いちおう声を出しておこうか。


「あー、もしもし」


すると、
もう一度女の子の声が言った。


「はい、もしもし?」


「えー、もしもし。えーっと、真田と申しますが、そちらはどちらで・・・」


「あー!さなだくん?ちょっと待って!」


ありゃ?私を知っていたぞ。
誰だったっけ?


そう思った瞬間、低くて力強い声が耳を付いた。

「おう、まいど。やっと連絡ついたな。」


やっと常磐木ときわぎ氏と連絡が付いた。


「出た!やっと出た!そうか!奈良か!奈良の彼女の家に居るんやな!」


「おう、そうや。一週間くらい家に帰ってへんかってん。すまんな。ほんで留守電聞いた。連絡先がわからんから、そっちの実家に電話して聞いて・・・なんかカチャカチャって聞こえるけど、外か?電話代大丈夫か?」


「大丈夫!大丈夫!まだたっぷり23度は残ってる!」


「半分切ってるやんけ!手短に話そう。そろそろあれやな?カナダやな?」


「そうそう【あれ】やねん。カナダ大使館行ってきた。11月に応募開始やって。」


「そうか。11月か。申請手続きしとくわ。ただ大学の休学手続きが難航しててな。親に反対されてる。まあなんとかするけどな。」


「そうか。大学か。行けるん?」


「行ける行ける。えっ?いや、行くって。」


「えっ?」


「おー、すまん。こっちの話になった。
もうひとり反対してるやつが、ここに一人おってな・・・」


そうか。彼女にもう伝えたのか。えらいな。
私はまだ誰にも言っていない。


私達の前に立ちはだかる壁は一枚ではないようだ。
壁で思い出したので、私は伝えた。


「ひとつ問題あって・・・」


「なんや?」


「準備する書類の中に『残高証明書』っていうのが必要で
20万円ほど入ってる銀行口座で証明書をもらわないとあかんねん・・・」


「・・・20万円か。グッドタイミングやな。」


「グッド?」


「そうや。グッドや。ちょうど今まさに大学に払い込む予定の学費30万円が
俺の手元にある。たまたまや。」


「学費か!」


「そうや。これを振り込む前に口座に入れた時に残高証明書を取ったらどうや?」


「なるほど!さすがや!」


「俺が証明書取ったら、次、サナーキーの口座に振り込んだるから証明書取れ。」


「え、ええんか?すまん!」


「せやなー、っすぐに1日2日で金を動かしたらバレるかもしれんから・・・そうやな・・・1週間寝かそうか?証明書取って1週間経ったら返してくれ。その間に使うなよ。」


「なんてこった!素晴らしいグッドタイミングやんか!」


「そやな。バッチリやな。もう少し遅かったら大学に振り込んでたからアウトやった。これは『行け!』って言うことかも知れんな。」


「うーん。すまんな。これでバッチリ行けそうな気がしてきた。
でも、そっちは反対されまくってるんやな。親と彼女に。」


「親は大丈夫やけど、この人が・・・」


たぶん今、彼の目の前に居てるであろう彼女からの殺気が
感じられる。
彼女にとって私は悪魔の使いだろう。


カチャカチャ


しまった!あと度数が3になっていた!
なにか言い忘れたことはないだろうか考えた。


「あと3度やから、そろそろ電話切れるわ。なにとぞご無事で!」


「おう。また1週間後くらいに口座教えてくれ。またな。」



カチャン!
プーップーップーッ・・・・



なんて奇跡だ!
やっぱり彼の名前は『ミラクル・常磐木ときわぎ』だ!


嘘のように、一瞬で現実の展開が変わる!
どしゃ降りの洪水のような雨を降らす私と
雲一つない空を作る太陽の常磐木氏。


私は呆然として受話器を置いて
ピーピーと鳴っている電話機からテレホンカードを取った。


顔を上げた。
電話ボックスが曇ってしまっていて
外が見えなくなっていた。


私から出た湯気で
電話ボックスがサウナのようになっていた。


(これで行けるぞ!カナダに行く作戦を立てなければ!)


私には反対してくれる者が現れるのだろうか?


〜つづく〜

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真田の真田による真田のための直樹。 人生を真剣に生きることが出来ない そんな真田直樹《さなだなおき》の「なにやってんねん!」な物語。

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