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Bittersweetな面影を手繰り寄せて...

私の父は映画と本が大好きでした。

彼は私の記憶の一番古い記憶の中でも酔っぱらっている時の方が多く、シラフの時があまりないほどの世間で言われる『アル中』でした。

そんな父は私が幼稚園に通っていた頃から子供向けではないような映画を私と一緒に見ていました。
『いやー、映画って本当にいいもんですね。』のおじさん水野晴郎の金曜ロードショー、土曜日は高島忠夫のゴールデン洋画劇場、ユニークな淀川長治の『さよなら、さよなら。』の日曜洋画劇場はアニメを見始めるよりもずっと前から、お酒を飲む父親の膝の上で見ていた記憶が蘇ります。

それがヤクザ映画であろうが、アクション映画であろうが、ホラー映画であろうがお構いなしに酒を飲みながら、父は幼い私に一緒に見ている映画がどんなにいい映画か、出演している俳優さんが他にもどんな映画に出ていたかをほろ酔いで膝の上に置いた私に語っていたのを今でも覚えています。

父の酒の肴のつまみを食べるのも楽しみの一つでした。
ストーリーがあまりにも大人向けの映画ではいつも映画の途中でそのまま眠りについていました。
その一方で大好きな香港のカンフー映画の日には最後まで見終わっても興奮していました。

私が小学校に上がる頃には、生粋の映画っ子になっていて、毎週土曜日には父がレンタルビデオ屋さんに連れて行ってくれていました。
そこで一本だけ自分の見たいと思う映画のビデオテープをレンタルしてくれていました。
小学校低学年だった頃、私は『Stand By Me』をレンタルしました。
まだ字幕は読めなかったので日本語吹き替え版でしたが、その映画を私はエラく気に入ってしまったのです。
その頃の私は、その映画のストーリをじっくり味わうというよりも、映画の中の景色や音楽、登場人物たちの生活風景のようなものを純粋に楽しんでいました。
リバーフェニックスが演じたクリスは何てカッコいいお兄さんなんだろうと感心していたり、4人が森の中の沼に落ちた時、彼等の体中にへばりついたヒルが本気で怖いと思ってドキドキしていた幼い自分を懐かしく思い出します。

ある日、テレビのロードショーでこのStand By Meが放送されると知って、ビデオテープに録画しました。
そして何度も何度もこの映画を繰り返し見て、お年玉を持って買いに行ったのが、この『Stand By Me』のサウンドトラックでした。
今でもこのBen E. Kingが歌うStand By Meが大好きです。John Lennonの歌うStand By Meよりも断然このBen E. KingのStand By Meが好きです。


久々にこのサウンドトラックを聞くと、不思議とあれだけ何度も見た映画の中身や登場人物よりも今は6年前に亡くなったあの時の父を思い出します。
お酒を飲みながら自分の膝の上に幼い私を置いていた父親のことを….。

中学2年生の頃、父は自分の事業を倒産に追い込み、お酒の癖はもう誰も手がつけられないほど悪化を辿って行きました。
私は思春期をお酒で崩れ墜ちていく父を見ながら過ごしましていました。
そしていつも自分の父を憎んでいました。
(カッコ良くなくてもいい..。すっごい立派な人でなくてもいい…。ただ普通のお父さんでいいのに、何でウチのお父さんだけこんな人なんだろう…?)と父の存在を嫌がっている私がいました。
中学、高校生時代に音楽に必死に打ち込んだのも、『自分の世界を自分の力で変えてやる!絶対に自分の人生を父親に左右されたくない!』という大きな反骨精神があったからです。
そして地元の高校卒業後、私はアメリカの音楽大学に留学しました。

その後も父と私の距離は縮まることはありませんでした。

私はアメリカ人と結婚し、ここニューヨークに住んでいたため父の最期に会うことは叶いませんでした。
父が亡くなったと聞いても涙が出ませんでした。
ただ、大きな喪失感だけが私に襲ってきました。

小学生の私は当時、このサウンドトラックを目を輝かせながらワクワクして聞いていましたが、一児の母になった今の私にとってこのサウンドトラックは英語で言うとBittersweet(ビタースィート)。
”ほろ苦い”サウンドへと変化を遂げてしまいました。

今この記事を執筆している2日後に丁度父の七回忌を迎えます。
残念ながら私は死んだ父を感じる力や直感を持ち合わせてはいません。
父が今どんな世界にいるのか全くわかりませんが、父は私という娘の存在をどのように感じていたのか…?
それさえ未だに全く分からない程、私と父は最後までお互い向き合うことはありませんでした。

”Stand By Me”(僕のそばにいて)というこの歌が今まで以上に複雑に響きます。
そして、この歌と映画の景色とともに思い浮かぶのは、やはり私を膝の上に乗せて嬉しそうに映画を語る父の面影なのです。

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