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短編小説

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ちょっと不思議な短編を集めました。
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#ねむれない夜に

【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 後編

【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 後編

数時間前の恭介には、今の自分が想像できただろうか?
見知らぬおじいさんと猫と一緒に、公園の小さな海原に、ボートで漕ぎ出しているなんて。

ボートは静かにゆっくりと進んでいき、やがて公園の端にある銀色のジャングルジムの下に着いた。
おじいさんはロープをすばやく結びつけると、ジャングルジムによじ登った。そして上から二段目のちょうど段になっていて座りやすい位置に、バランスをとって腰掛けた。

「お前さん

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【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて  中編

【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて  中編

公園の中は「海」だった。

恭介は今までの人生で、こんなに驚いたことは無かった。
人間はあまり驚いたときはそのままのポーズで固まるようで、恭介は階段の最後の一段に足を駆けたまま静止していた。

すぐ向こうに見える住宅や道路は、いつもと何の変わりも無かった。公園の中だけが箱庭のように、小さな海になっていた。
大きさは池のようでもあったが、しかし海だった。その証拠に潮の香りがしたし、打ち寄せる波は、海

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【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 前編 

【短編小説】公園の海に、ボートをうかべて 前編 

すぐ向こうに見える住宅や道路は、いつもと何の変わりも無かった。公園の中だけが箱庭のように、小さな海になっていた。
大きさは池のようでもあったが、しかし海だった。その証拠に潮の香りがしたし、打ち寄せる波は、海そのものだった。(本文より)

夜の住宅街はとても静かだ。

真冬のしんと空気の冷える日、星がいつもより美しくはっきりと見える夜は、特に静かに感じる。そんな夜にはいつもの見慣れた住宅街でも、見知

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短編小説「銀河ステーション」後編《銀河鉄道の夜》オマージュ作品

短編小説「銀河ステーション」後編《銀河鉄道の夜》オマージュ作品

※宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をオマージュし、賢治の文章を時折ちりばめて書いたものです。

『銀河ステーション、銀河ステーション…』

突然、暗い夜空に不思議な声が響き渡りました。

次の瞬間、賢一はあまりの眩しさに目が開けられなくなりました。
空はもう明るいなんてものではありません。まるでよく晴れた日の雪景色のように、しかしそれの何倍もの明るさで、辺り一面が真っ白になりました。

そして気が付くと、

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短編小説「銀河ステーション」前編《銀河鉄道の夜》オマージュ作品

短編小説「銀河ステーション」前編《銀河鉄道の夜》オマージュ作品

※宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をオマージュし、賢治の文章を時折ちりばめて書いた、短編小説です。

中学校の休み時間にクラスメートが言いました。

「賢一、お前今日の花火、来れるか?」

クラスの男子数名で、近所の公園で花火をやろう、と前々から計画していたのです。

「あ…うん、行かれれば。あっ行きたいんだけど…でももしかして母さんの仕事が…」

「やっぱ、どうせ来ないでしょ。まあ、一応言っとくけど、集

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【連載小説】ぼくは、なつやすみの『すきま』に入った。 (第1章) ※「水の中の時計」から、改題しました。

【連載小説】ぼくは、なつやすみの『すきま』に入った。 (第1章) ※「水の中の時計」から、改題しました。

あらすじ
【川底に沈む石の力で、自分以外の人々の時が止まった。
夏休みに家族で川遊び、というありふれた一日。しかし五年生の冬里にとって、それは木陰のまだら模様の日差しとともに、キラキラとした忘れられない一日になった…】

「キラキラしてる川、久しぶりにみたなあ」

パパが、魚とりの網を振り回しながら、子供みたいな口ぶりで言った。

小学校五年生の夏休み、僕は家族で川遊びに来ていた。
家から車で二時

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【短編小説】風をあつめる

【短編小説】風をあつめる



「僕、風をあつめてるの。」

 
仲の良かった小林君が僕に教えてくれたのは、小学四年生のときだった。

「えっ、カゼ?くしゃみとか出るやつ?」 

「違うよ、だからひく風邪じゃなくて、吹く風。」

「風?でもさ、そんなもん、あつめられないでしょ。」

「できるよ。あつめたの僕んちにいっぱいあるもん。」

「うそだあ。」

「うそじゃないよ。じゃあ、見に来る?」

「うん。いくいく!」

 

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「ワスレサル」(短編小説)

「ワスレサル」(短編小説)

【 右足を見て跳び上がった。ちょうどふくらはぎのあたりに取り付いていたものを見たからだ。
驚いたことに、それは小さなサルだった。(本文より)】

右足が重い。

最初に違和感を覚えたのは、梅雨が明けたばかりの頃だった。
数日前まで梅雨寒で、少し肌寒いほどだったのだが、その日の東京には真夏のような日差しが照りつけていた。

俺は職場から一人で営業先に向かっていた。
地下鉄を乗り継ぎ、目的の駅に降り立

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