見出し画像

#50 「ウェルビーイング」って、何が「良い状態」のこと?- ポジティブ心理学 -

ここでは「ポジティブ心理学」の研究テーマである「ウェルビーイング」について一緒に学んでいきたいと思います。前回まで、数回に分けてポジティブ心理学の中核的なテーマである「強み」について一緒に学んできました。「強みにフォーカスする」というのは「弱み」を無視するのでなく、対処する必要があるということ。そして、「弱み」を対処するために、人に頼り、その分、できることで貢献するという「お互い様」の精神が大切だというお話でしたね。

今回の記事では、祝!50本目ということで、ポジティブ心理学の研究テーマの総本山である「ウェルビーイング」について、一緒に学んでいきたいと思います。今回の記事では、まず、そもそも「ウェルビーイング」とは何か?について、そして、次回の記事では、「じゃあ、それを知ってどうすればいいのか?」について、一緒に考えていきたいと思います。


そもそも「ウェルビーイング」とは?

昨今、働き方改革やコロナ禍の影響もあり、巷で「ウェルビーイング」が大切だという話題が少しずつ増えてきています。例えば、日経新聞社が主導で「これからの世界はGDPではなく、GDW (Gross Domestic Well-being) だ!」と、「国内総充実(GDW)」という概念を作り、懐の豊かさではなく、心の豊かさを大事にしていこうという動きが始まったり、学校や職場、メディアなどで、この「ウェルビーイング」という言葉を耳にしたことがある方も多いんじゃないかと思います。

さて、この「ウェルビーイング(Well-being)」というカタカタ、一体何なんでしょうか? 直訳すると「良い状態」という意味ですが、「何が良い状態なのか?」までは、この単語からはわかりません。

実は、この「ウェルビーイング」というカタカナ、唯一の定義がないんです。

「心身と人間関係が良い状態」がはじまり

「ウェルビーイング」という言葉がある意味、公の場で有名になったのは1946年。世界保健機関(WHO)が設立される際に、「 ”健康” をもっと広い範囲で定義しよう」という試みで使われたときだと言われています。以下、WHO憲章の「健康」の定義です。

Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
(健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます)

日本WHO協会

1946年当時、WHOは「身体とメンタル、人間関係」が良い状態であること (Bio-Psycho-Social Well-being) を「ウェルビーイング」であると定義していました。(人間は社会的な生き物ですから、やっぱり人間関係が良い状態って大事ですよね)

人を「庭」で例えると、「雑草」が無いことが「健康」であるというわけじゃなく「花」もあって「健康」っていうことにしようという感じで、WHOは健康を定義し、この「花(心身が健康で人間関係も良い)」の部分をウェルビーイングと呼びました。(このことに関して、詳しく以下の記事で書いていますんで、ぜひ、ご覧ください!)

身体も元気でメンタルも良い、人間関係も最高!これがウェルビーイングです!」だったら、めっちゃシンプルで分かりやすいですよね。

「ウェルビーイング」の定義はさまざま

一方、花にも色んな種類の花があるように、その後、「身体とメンタル、人間関係以外にも ”良い状態” じゃないといけないものってあるんじゃない? 例えば、懐もある程度、良い状態じゃないと不安だよね。住んでいる地域が良い状態じゃないと嫌だよね」等など、色んな「花」のことを、色んな人が言い始めたため、どの花を見るかによって「ウェルビーイング」の定義が様々になっていったんです。

「花」の種類もさまざま、「○○が良い状態」もさまざま

どんな「花」の種類があるか、つまり、「〇〇が良い状態」の 〇〇 にはどんなものがあるのかを少し見てみましょう。以下、いくつか代表的な 〇〇 を挙げてみました。

主観的ウェルビーイング
主観的に見て、良い状態( 日々の暮らしの中で、①ポジティブな感情が多く、②ネガティブな感情が少なく、③自分の人生に満足している状態)

Diener, 1984

心理的ウェルビーイング
心理的に良い状態(①自分の良いところも悪いところも受け入れられていて、②人としての成長を感じ、③人間関係も良好、④自分の判断で物事を決められ、⑤周囲で起きることに対処できる能力を持ち、⑥自分の人生に目的をもっている状態)

Ryff, 2014

社会的ウェルビーイング
個人を取り巻く社会そのものが良い状態(①自分を取り巻く社会は意味を成し、②この社会は成長していくポテンシャルがあると感じられ、③社会から自分が受け入れられていると感じ、④自分もその社会の多くの部分を受け入れていて、⑤その社会に貢献している感覚をもつ状態)

Keyes, 1998

PERMAモデル
充実してイキイキとした人生(Flourishing life)が送れている状態(①ポジティブな感情が多く、②夢中になれる時間もあり、③人間関係が良好で、④人生に意味を感じ、⑤物事を達成している状態)

Seligman, 2011

米国GALLUP社のウェルビーイング
個人にとって重要だと思うことが良い状態(①1日の中で多くの時間を費やす場で好きなことや充実したことができ、②人間関係が良好で、③経済的に不安がなく、④住んでいる地域が好きで、⑤身体も元気な状態)

Rath & Harter, 2010

自己決定理論に基づくウェルビーイング 
心理的欲求が満たされている状態(①自分で物事を決められ、②自分には能力があると実感し、③温かい人間関係がもてている状態)

Ryan & Deci, 2000

長続きする幸せ
非地位財が良い状態(自由、やりがい、愛情、社会への帰属意識や安全な環境など、お金では買うことができないものが満たされている状態)

Frank R, 2004

こちらはあくまでも一例で、他にも、例えば、デジタル庁が市民の幸福感と暮らしやすさを主観的・客観的にみた「地域幸福」のことを「ウェルビーイング」と定義したり、経済協力開発機構 (OECD) は年収や労働時間、居住環境、寿命などのより客観的なデータを基に社会単位でみた良い状態をウェルビーイングと定義したり、本当に色んな定義があるんです。

「○○が良い状態」になるための「手段」も定義に含まれる

さらに、「○○が良い状態」の〇〇によって、ウェルビーイングにはさまざまな定義があるというお話だったんですが、「〇〇が良い状態になるためには、△△が必要である」の△△のことが「ウェルビーイング」の定義になっているものもあります。

例えば、上述のPERMAモデルは「ポジティブ感情、エンゲージメント、人間関係、人生の意味、達成」という5つの構成要素の頭文字をとったものなんですが、これら5つは△△のことですよね。その他にも、日本では、慶應大学院SDM研究科教授の前野隆司先生が提唱される「しあわせの4因子」(やってみよう因子、ありがとう因子、なんとかなる因子、ありのままに因子)もよく「ウェルビーイング」の構成要素としてメディアで取り上げられますが、これらの因子も△△についてのお話です。「もっと楽観的(△△)になれば、精神的(〇〇)に良い状態(幸せ)になる」みたいな感じですね。このように△△も「ウェルビーイング」の定義として含まれるため、非常に幅広い概念として「ウェルビーイング」という言葉は用いられています。

どの「ウェルビーイング」を指しているのかを把握する

さて、ここまで「ウェルビーイング(良い状態)」とは何かを理解するために、定義からみていこうと試みたわけなんですが、さまざまな定義が存在していたことが明らかになりました。そのため、僕たちは、ウェルビーイングに関する情報に触れるとき、気をつけておくべきことがあります。それは、どのウェルビーイングの定義を指しているかを把握することです。

例えば、「ある研究によると、ウェルビーイングが高い人は創造性が3倍高い」という情報を耳にしたとき、それって「主観的ウェルビーイング」のことを言っているのか、「心理的ウェルビーイング」のことを言っているのか、はたまた「PERMAモデル」のウェルビーイングのことを言っているのかで話が変わってきます。色んな定義があるため「ウェルビーイングが高い人」と言われても「どの〇〇が良い状態の人」のことを指しているのかわからないんです。

さまざまなメディアで目にするウェルビーイングの研究成果に触れて、「なるほど、創造性を高めるためにはウェルビーイングを高める必要があるのか!」と思っても、どのウェルビーイングを指しているのかによって、取り組む内容が変わってきます。「じゃあ、どうやって?」がズレちゃうんです。

そのため、さまざまなメディアでウェルビーイングの研究成果や情報に触れるときは、「数字として出ているから科学的に根拠があるんだ!よしっ、ウェルビーイングを高める活動をしよう!」と飛びつかず、ぜひ、どの〇〇が良い状態の人たちの話をしているのかという視点も大事にしてほしいなと思います。

どの「花」がどの「研究成果」に繋がっているのかを把握することで、自分が望んでいる「庭」を作り始めることができる

さて、ここでは「ウェルビーイング」とは何かについて、一緒に学んできました。どの定義でもそうですが、「雑草」を抜くことだけでなく、「花」を増やすことにも目を向けていこうという姿勢を育むことで、日常の景色が変わってくることがあります。「雑草」を抜くことも大事ですが、「花」を育てることも大事です。今回の記事を読んで、「では、自分はどの ”花” を育てていこうか?」を考える機会になっていたらと願っています。次回の記事では、「ウェルビーイング」という言葉の意味を知った上で、「じゃあ、どうすればいいのか?」について、一緒にみていきたいと思います。(つづく)

【参考文献】
Diener, E. (1984). Subjective well-being. Psychological Bulletin, 95(3), 542–575.

Frank, R. H. (2004). How not to buy happiness. Daedalus, 133(2):69-79.

Keyes, C. L. M. (1998). Social well-being. Social Psychology Quarterly, 61(2),  121-140.

Rath, T. & Harter, J. (2010, May 4). The five essential elements of well-being. https://www.gallup.com/workplace/237020/five-essential-elements.aspx 

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.

Ryff, C. D. (2014). Psychological well-being revisited: advances in the science and practice of eudaimonia. Psychotherapy and psychosomatics, 83(1), 10–28.

Seligman, M. E. P. (2011). Flourish: A visionary new understanding of happiness and well-being. Free Press.

The Nippon Foundation. (2023, December 27).  Interview with Prof. Takashi Maeno, a well-being researcher: How to live a happy life in the Era of 100-Year Lifespans. (In Japanese) https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2023/97725/social_contributions?

フォローよろしくお願いします!また、自分自身のお悩みや人を育てる上でのお悩みやご質問などあれば、是非こちらにお寄せください。https://peing.net/ja/smatsuguma