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69. 審美眼の磨き方



「審美眼」とは、
美しいものや価値のあるものを見抜く力である。

普段使う言葉だと、「センス」が近い気がする。


「センスが良い」って、どういうことだろう?


何気なく使っていたが、

服装がお洒落な人や、お店選びが上手い人、
思わず読んでしまう文章を書く人……etc

良いものを選び取るのが上手な人に対して、
「センスが良いよね」と言ったりする。


なので、
「審美眼をもつ人」≒「センスが良い」という側面はあるだろう。



審美眼を磨くためには、
「一流のもの」や「美しいもの」に触れることが大事だと考えていた。



ーー ただ、どうやら、それだけではなさそう。


美しいものを大量に浴びるだけでは、不十分。

反対に「美しいと感じないもの」に触れたときにも、その理由を考える作業が必要だ。


醜いとされているもの、不快と感じられるもの、
一見役に立たぬように見えるもの、歪を感じるものを、「なぜそうなのか」「なぜそこにあるのか」「意図的なのか、あるいは失敗なのか」という考察とともに不断かつ客観的に見つめなければならないのです。

「20代で得た知見」より


……💭!


つまり、審美眼を磨くには、むしろ「美しくないと感じたものから、どれだけ教訓を搾り取れるか」が肝だということ。



そのためには、対象に触れたときに
「対象を美しいと感じたか?」と「なぜ?」を考える癖をつける。


頭の中だけで、それをやろうとすると、
客観的に見つめ直すことが難しい。

何より「考えたつもり」になって
そのままスルーしてしまうリスクが高い。


なので、面倒でも紙などに書くことによって
「なぜ美しいと感じたのか?」「なぜ良いと感じなかったのか?」を言葉にしていきたい。



これって結果的に、
自分の「好き」を見つける作業にも繋がる。

(ワクワクする…!)

「好きなもの」は、いくらあっても困らないもんね。



ーー さらっと引用したこの本が、とっても良かった。



「知見」という名の短いエッセイに近い文章が183個、収録されている。


全てに対して「うんうん…」と頷けるわけでなく、中には「…?」と理解に悩む文章も入っているのだが、そこが逆に面白い


読んでいて自然と考えさせられるような、何度もじっくり読み返したくなる本だった。

(きっと、またこの本から引用するだろうな…)


📖

早速、良いと感じたものを、手短に言語化でした。🪄


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