マガジンのカバー画像

童話『アンテロープの歩む道』

8
運営しているクリエイター

記事一覧

童話『アンテロープの歩む道』8(最終話)

童話『アンテロープの歩む道』8(最終話)



今、三頭のアンテロープは光に満ちた天空へと仲良く駆け、彼らの瞳からこぼれおちた涙は星となって、巨木やトビネズミやリクガメやトカゲやフクロウやキツネの親子たちを、彼らが望む限りやさしく照らし続けるのだ。

〈了〉

The Path the Antelope Walks #8
Now, three antelopes ran to be one with the Sky that was suf

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』7

童話『アンテロープの歩む道』7



旅を始めて幾日が過ぎ、アンテロープは彼の四肢が以前ほど痛みを感じないことに気づいた。

彼は歩を止めて風の到来を待った。あの吟遊詩人の風がやってくることを、なぜか彼は予感していた。

風が吹き始め、アンテロープは両目を閉じた。風は新しい詩を彼の耳元で歌い、彼が生まれた日の朝を 祝福した。

アンテロープは父親と母親の声を思い出し、なぜ今まで忘れていたのか不思議に思った。

そしてアンテロープは

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』6

童話『アンテロープの歩む道』6



アンテロープは歩き続けた。時おり風の仲間たちが背中を押して、彼の歩を助けてくれた。風たちのあいだで、一頭の寡黙なアンテロープのうわさは広まっていたのだ。

トビネズミもリクガメもトカゲもフクロウもキツネの親子も、みんなアンテロープの無事を祈った。

彼の引き締まった後ろ姿を見送りながら、みんなは形も重みもない心の一部を彼に託した。そのたびにア ンテロープの顔の上を、黒い筋が増えていった。

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』5

童話『アンテロープの歩む道』5



さらに進むと枯草のあいだから、キーキーとにぎやかな声がした。 

「こんにちは、アンテロープさん」

大きな耳を突っ立てた、キツネのお母さんと子どもだった。 

「こんなに空が青い日に、どうして難しい顔をして歩いているの」と母ギツネが訊ねた。

アンテロープは頭上に広がる空の青さについてはたと考え、 「この空はいったい誰のものなのだろうか」とつぶやいた。

子ギツネは「ねえねえアンテロープさん

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』4

童話『アンテロープの歩む道』4



さらに進むと足元でまたまた誰かの声がした。 

「こんにちは、アンテロープさん。そんなに急いで何を探しているのですか」

リクガメの子どもだった。アンテロープはその子を踏まないように気をつけて、 「何を探しているのかわたしにも分からないんだ」と答えた。

リクガメの子どもは、おやおやそれは大変ですねと言い、大好きなおやつの草を分けてくれた。

The Path the Antelope Wal

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』3

童話『アンテロープの歩む道』3



日がまた昇り、アンテロープは旅を続けた。

上っているのか下っているのかも分からない景色の中で、それでも彼は自分が前に進んでいることを確信していた。

「こんにちは、アンテロープさん」 岩場から声がした。寝ぼけまなこのトビネズミの奥さんだった。

「ひとりでどうしたのですか? このあたりにあなたのお仲間はいませんよ」 

「わたしはわたしの道を進んでいるのです。この足が動かなくなる日までどこま

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』2

童話『アンテロープの歩む道』2



日が沈み、月と星の姉妹たちが彼の行く先を照らした。

アンテロープは四肢の筋肉が震えるまで進む と、巨木の根元をつかの間の寝床とした。

巨木はその生き物のことを知っていた。風が彼の到来を予言していたからだった。 

巨木は疲れ切ったその生き物を優しく抱くと、さらさらと子守唄を歌って寝かしつけた。

The Path the Antelope Walks #2
The Sun went do

もっとみる
童話『アンテロープの歩む道』1

童話『アンテロープの歩む道』1



どこまでも続く赤い渓谷に影が落ち、アンテロープは歩みを止めた。

風が彼の耳元でシューシューと音程を変えながら詩をつむぐ。彼は太古からの細かい砂塵に身を任せ、 行きずりの吟遊詩人に礼を言った。

「あと少し、あと少し」

天を貫かんばかりの長く鋭利な二本の角を一振りし、アンテロープは自分自身を励ました。

彼の身体は見事な三色模様をまとい、まるで人々の祈りの種類によってその濃淡が分類されてい

もっとみる