『エイリアン』誕生秘話
先日、『エイリアン』を見返した。
信じられない完成度、とんでもないクオリティーだった。あまりこのようなことを言いたくないのだが。1979年の初代エイリアンと比べてしまえば、1975年の初代ジョーズは、ハリボテだ。それだけ、エイリアンの出来はずば抜けている。
今回は、傑作映画『エイリアン』の話。
エイリアンと聞いた日本人のほとんどが、「異邦人」より「異星人」の方を先に、思い浮かべるだろう。
日本人でなくとも、Sting『Englishman in New York』(1987年) よりも『エイリアン』シリーズ (1979年~) を思い浮かべる人は、たくさんいる。
♪ I’m an alien, I’m a legal alien. I’m an Englishman in New York. 異邦人であることをテーマにした名曲。“人種のるつぼ” アメリカで特に、共感する人が多いだろう。
ラテン語の alienus が語源。他の何かに属することを表す形容詞。
1600年代。未知の星とは月だった。ヨハネス・ケプラーの『夢 (ソムニウム) 』でもミルトンの『失楽園』でも、未知の存在として語られたが、あくまで神聖なものの扱い。侵略や攻撃などしてこない。
地球外生命体は、まとめて「火星人」と呼ばれていた頃があった。1898年のH・G・ウェルズ著『宇宙戦争』は、火星人が地球を侵略してくる話。これがきっかけかも。
1920年代にはじめて米国で、SFの意味(別の星からきた○○)で、エイリアンが使用された。宇宙開発競争が起こった50年代~60年代には、エイリアン=異星人の概念は、さらに浸透した。
現代。バイデン政権が、外国籍を表すのに「より包括的な言語」を使用するよう、移民当局に命じた。つまり、エイリアンと呼ぶのをやめて、非市民や未登録の市民と呼びなさい、と。
「人間性を剥奪する表現」として、エイリアンという言葉が懸念されるようになった背景が、伝わっただろうか。
ちなみに。ある学者が真顔で、「火星からの侵略者を連想する用語を人々に用いるのは、不適切である」と述べたのには、個人的には笑ってしまった。年齢層がわかる発言だ。
本題の、映画『エイリアン』の話をしていく。
脚本家のオバノン氏が、最初に案として提示された「スター・ビースト」というタイトルを即、却下してくれたことに感謝。かんべん願いたいタイトルだ。
Xenomorph ゼノモーフ。
『エイリアン2』から、ジェームズ・キャメロン監督により、採用された呼び名。字幕や吹き替えでは表現されないため、知らない日本人もいると思う。ギリシャ語で 「よそ者」を意味する xenos と、「形」を意味する morph(ḗ) から。つまりは異形。
スイスのシュルレアリスム・アーティスト、H.R.ギーガー氏。エイリアン・シリーズ最大のキー・パーソンだ。
余談をはさむ。
私の好きな、シュルレアリスムの美術作品。オススメなので、ぜひ見てほしい。
彼の作品は全て手描き。ゆっくり動いているように見える、不思議な絵。異次元や異空間に迷い込んだような気持ちになるが、不気味さなどはなく、心地よい。宇宙飛行士はまだわかるが(見る側にそもそも浮遊のイメージがあるため)、爆発か崩落まで、スローに見える。「ほろほろと」崩れているように見える。
少し、Kygoの『Stole the Show』を思い出す。
このMVにハマらない人なんていない。
『ICO』:角が生えたために、生贄として古城に閉じこめられた少年イコ。言葉の通じない少女ヨルダと共に、古城からの脱出をはかる。「この人の手を離さない。僕の魂ごと離してしまう気がするから」
たとえばこのスクリュー。永遠に無風の世界。見ていると、そんな感じがしはじめる。
私は、どうやら、時間が非常にスロー/静止したような感覚が好きなようだ。他人とシェアしない「自分だけの」精神世界、その心地よさと、無意識に重ねているのかもしれない。
話を元に戻す。
ギーガーの画集『ネクロノミコン』を見た、脚本家のオバノンとリドリー・スコット監督は、一瞬で心を奪われた。ギーガーをすぐにスカウト。
ほぼ、ゼノモーフだ。デザインを依頼したというよりも、これを引用させてくれないかと頼んだに近い。どれだけ、ギーガーがエイリアン・シリーズの立役者であるか。これを見るとよくわかるだろう。
監督は、見た目に性的な含みがあることも、気に入った。
殺す前に、同じくらい簡単に、人を犯す可能性がある生き物ーーそういうものを観せると説明した。それを聞いた20世紀FOXは、観客にとって不快すぎる作品になるのではと、心配したという。
『E.T.』にも参加した、有名な視覚効果アーティストが、プロジェクトに合流。頭部のメカニズムを設計した。可動部品は900個におよんだ。
あまりの出来のよさに、監督は、思いきりアップで撮影。隠したいアラ(つくり物っぽさ)などなかった。スクリーンに大写しして、みんなに自慢したかった。
有機的なものと機械的なものの融合。バイオメカニカル。ボディーの製作には、古いロールス・ロイスの部品など、さまざまな材料が使われた。
ちなみに。ギーガーは、ゼノモーフに目をもたせなかった。さらに怖くなると考えたため。ゼノモーフは、視覚以外の、あるいはそれ以上に研ぎ澄まされた感覚で、獲物をとらえている。
1980年に、アカデミー賞視覚効果賞を獲得。
『エイリアン』以前のエイリアンは、俳優に不条理なメイクや衣装を加えることで、できていた。間抜けに見えた。くすくす笑われた。ギーガーのエイリアンを笑った人は、ただの1人もいなかった。
ギーガーは、卵とチェスト・バスターと成体をデザインした。
宇宙船?基地?のデザインも担った。
ギーガーの卵は割れない。ゆっくりと開いていく。
ギーガーのアイディアで唯一却下されたのは、フェイス・ハガーだった。代わりに、監督がデザインした。
オバノンは、まだ塗装されていなかった人の肌色に近い状態を見て、むしろそのままでいいと言った。
実は、監督も映画に出演している。卵の中でぐるんと動く不気味なものは、ゴム手袋をはめた、リドリー・スコットの手。
セットを大きく見せるために、彼の幼い息子も、宇宙服を着て協力した。熱中症になったらしい。頑張ってくれてありがたい。
チェスト・バスターの初撮影。作動させると、“役者の胴体から人形が飛び出した”。“血と内臓が飛び散った”。
監督は、リアルな衝撃と恐怖を撮るために、詳しい説明を役者たちにしていなかった。ショックを受けて帰宅した1人は、バス・ルームに無言で4時間閉じこもり、妻も不安にさせた。
寄生した生命体ごとの特徴を受け継ぐ。それが犬の場合、成体は犬に似た形をとる。この設定は、シリーズを通して、さまざまなタイプのエイリアンを生んだ。
エイリアンの中の人問題。
サーカスのパフォーマーをオーディションしたが、監督は納得せず。
ボラジ・バデホ氏は、26歳のナイジェリア人。身長は2メートルあり、とても線の細い人だった。キャスティング担当者がパブで出会った。
バデホは、太極拳のトレーニングを受けた。
私たちを怖がらせたのは、具現化されたシュルレアリスム・アートの繰り出す太極拳だったのだ。
馴れあいが緊張感を壊すと思った監督は、バデホと俳優陣に、交流をもたせなかった。「2メートル?彼の身長はもっとあったはずだ」と、リプリー役のシガニー・ウィーバー氏は、後に語った。効果はテキメンだったようだ。
仕上げに、有名な声優が雇われた。ゼノモーフに声を与えるためだ。英国人で、テレビ番組で、クジラなど動物の鳴き声をまねていた人。
『ダーク・スター H.R.ギーガーの世界』という映像作品の、ダイジェスト。
「異次元空間の案内人」「我々が恐怖で逃げ出す世界で安らぎを感じている」ギーガーは、悪夢のイメージを描くと、精神が安定したそうだ。
シュルレアリスムの話で前述したとおり、悪夢ではないが、私もなんとなくわかる気がする。
不可解なことに、『エイリアン:リザレクション』のクレジットから、ギーガーの名前が外された。多くのスイス人が、20世紀FOXに激怒。世界中から抗議が殺到。
南アフリカのとある男性がネットにあげた写真が、騒動をまき起こしたことがある。
彼は、枯れたアロエを海岸に並べて、「人々は植物をエイリアンとして見ているが、私たちは彼らの世界をめちゃくちゃにしている2本足のエイリアンなのだ」というコメントを添えた。要するに、環境破壊を憂いた皮肉だ。
しかし、一部にジョークが伝わらず、真に受けてパニック状態に。旅行の予定をキャンセルする人などが出たという。
人々の脳裏に浮かんだのは、明らかに、フェイス・ハガーだ。『エイリアン』シリーズの影響の大きさを表す例として、最適な事件だと思う。
苦労して製作してくれた方々に、感謝。