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小説『空席のある教室』2
かつて私自身の席が教室の中で空席になっていたことがあった。小学四年の秋頃のことだ。
そのひと月ばかり、私のクラスでは、そこに不在であるはずの私が形成する、埋め合わせられることのない一つの空白が存在していた、のだろうと思う。思うには思うのだがしかし、それを私としてたしかなことだと言えないのは、もちろん私自身がそれをこの目で見たわけではないからなのだが。
そのひと月ほどの間、私は日中の大半を自
小説『空席のある教室』3
クラスの委員決めが行われ、私は二人いる書記委員の一人に選ばれた。
小学時代には私も、少々調子づいていた時期もあり、何度か学級委員長に自ら立候補したりして、そして実際にそれに選ばれたりもしたようなこともあった。だが、中学に上がってからは、自分からはあまり目立たない方がいいのかもしれない、などとも考えて、中一のときは結局、役割としても影が薄く、何となく残り物的な印象の美化委員に収まって、その一年を
小説『空席のある教室』4
六月に入って、私たちのクラスでもいじめがはじまった。
Kというその男子生徒も、やはり私とは別の小学校の出身だった。テレビドラマで有名になった放浪画家に雰囲気がとてもよく似ていたので、あだ名もそのままその名前を取ってつけられていた。背が高く、身体つきもすっかり大人の男のものになっていた彼だったが、しかし誰に何をされても、ずっと幼児のように笑ったままの表情でいるのが特徴的だった。少し前にせり出した
小説『空席のある教室』5
前年の秋頃から次第に体毛が濃くなりはじめた私は、この夏が近づくことを非常に恐れた。梅雨明けの時節前後になれば、学校で水泳の授業が始まることになる。それまでにはこの、腋と股間に生えはじめた縮れた毛に、早々に対処しなければならない。その手立てを一体どうするか。私は、悶々と頭を悩ませる日々が続いた。
Kの股間に生い茂る陰毛を目撃したのは、私にとって決定的な打撃だった。彼の体毛が毟り取られる様を見て、
小説『空席のある教室』6
夏休みの期間中、私はどこかへ遊びに出かけたりするようなことはほとんどしなかった。その頃の私にとって、夏とはただジッとして通り過ぎるのを待つだけの季節でしかなかった。友人たちも、私をプールなどに誘いに来ることはなかったが、それは全く私には好都合な話だった。とってつけたような夏の思い出作りなど必要ない。思い出がないことこそ、私のこの夏の思い出だ。
もし特段にどこへ出かけたというなら、二、三回ほど胃
小説『空席のある教室』7
近づく十一月の文化祭に向けて、私たちのクラスでも何か出し物を考えなければならなかった。
金銭のやり取りが発生する模擬店や、大がかりな仕掛けが必要となるお化け屋敷などといったものは、まだ中学生だからということで、学校側から禁止されていた。そのようにそもそもの選択肢が乏しい上に、すでにここまで述べてきたように、そういった類の行事に対する意欲が著しく欠けているこのクラスでは、何度話し合いをしたところ
小説『空席のある教室』8
二学期が終わりへと近づくにつれて、私の足はどんどん学校からは遠のいていった。それまで何とか維持しようと努めてきた、何事もない日々への配慮に対する意欲が、まさしく日毎に減退していっていることを、私自身でも感じられるようになっていた。そのようなことについて考えるのさえ虚しく私には思えてきていた。
その頃の私はしばしば、朝、普通に登校するかのような体で家を出、しかしそのまま学校へは向かわずに、近くの
小説『空席のある教室』9(終)
あの冷たい雨の日から以降の約一ヶ月、つまり、中学二年の三学期が終わるまで、私は一度も学校へ登校しなかった。
その間担任は、一応何度か電話をかけてはきたが、しかしやはり私のケースにおいても、彼女が自ら、その足を運んで私の家まで訪問しに来るなどということは、案の定と言うべきか、ついにただの一度もなかった。もちろんそのことについて、私としては何の不都合も疑問もなかった。一方、担任の側に生じた何らかの